記憶の片隅の彼女へ

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記憶の片隅の彼女へ

「何を見ているの?」  会話の途中急に黙り込んでしまった彼女が心配になって、私はそう話しかけた。蝉たちの命をかけた合唱が耳に届くと共に、少し涼しい風がさらりと掠める。 「空が、高いなって……」  彼女は静かに、何かを思い出したように呟いた。私はその頃、あまりよくないことばかりが続いていて日々、下ばかりを向いて過ごしていた。歩く時も、他の人の物言う目が見えないように俯いていた。だから、空をあまり注意して見ることがなかったのだ。 その時ちらりと見上げた空は青くて、確かに彼女が言うように高かった。果てしなく高い、とはこれのことかと当時読んでいた小説のフレーズを思い出す。 「ああ、ほんとだ。最近色々あって空を見ていなかったからわからなかったけど、確かに高いね。そして青い」  力なく彼女に向かって私はそう言ったと思う。それを言った後、やっぱり上が気になって果てしない青をゆっくり見上げた。 「今日の空は雲ひとつなくて青いから、尚更高く見えるよ」 「そう、だね」 「私、空が好きなんだ」 「へぇ、どうして」 「ほら、季節によって変わって見えるでしょう。夏は青くて高くて、冬は白く霞んでいて低い」
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