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先生は腕を振り上げる。玖に避ける気配はない。
咄嗟に、こまりは思い出していた。
暗い小屋から、拾い上げてくれた男。
憎まれ口叩きながら、あたしを読み書きができるようにしてくれた男。
口は悪いが、誰よりも情に厚い男。
気が付いたときには目の前にその男の驚愕した顔があった。
思っていた以上に男の体は細かった。
それとも、自分が大きくなっていたということか。
「こまり」
どれほど待っても、痛みは訪れなかった。
覚悟したうえでの痛みが訪れなかったのは、今日二度目のことだった。
(さっきと、同じ)
それだけで、こまりの胸には焦燥が滲む。
見返ったそこに、大太刀を抜いたムゲンの姿があった。
ムゲンは笑った。
「こまり、君が無事なら。それでいい」
笑ったその右の目が抉れて半ば爆ぜていた。
ムゲンは躊躇なく、大太刀を振り抜く。逆袈裟に先生の上半身が割れる。
噴出した血を、誰も浴びなかった。
ただ、異様な臭気が部屋に満ちていた。
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