睦と玖

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 それは鶴にも似て美しく、そして愁いを帯びていた。  「これからのこと」  「これから……」  「左様。ムゲン殿は『睦』の爪に傷を負わされた。『睦』の絡繰は睦の胎内を常に循環している、目に見えぬ微細な絡繰。『睦』は自身を掻き毟った故、その爪にも絡繰は付着していたはず」  沈黙の合間に、主は息を吸う。  吸って、吐き出す。  「恐らくムゲン殿は次の『睦』と成りおおす」  「次の、『睦』」  「左様。して、そうなればムゲン殿の記憶を整理する『玖』が必要となる。私の脳は以前の『睦』、「セン」の記憶でいっぱいだ。私が混乱すれば、ムゲン殿の記憶を整理することはできない」  「『玖』」  「『玖』にはほかにも仕事がある。生来『玖』は脳内の情報処理能力に長けた者。その者の、記憶分野を拡張し情報を蓄えさせる。その情報源は『睦』が吸い取った記憶だ。それを解析し、政治や経済の助言者となる。」  そうして、この娼館は永らえてきたのだよと、玖は語った。  ひとつひとつの言葉が、空言めいて聞こえた。現実味が全くない。  古の戦の話をされたところで、呪いのような絡繰の話をされたところで、こまりにはあまりに遠すぎた。    「そしてその『玖』になるために、お前を育ててきたのだよ、こまり」  主の顔は、平素と変わらずに見えた。  昼の明さを説明するように、夜の昏きを教えるように、当前のものを当前と説明するような声音だった。  しかし、喉が震えている。  小さく、微かに。  この反応は。  「こまり……」  第三者の声に、その方を見た。  「ムゲン」  覗き込んだその顔は視点が定まらない。  「ムゲン」  「ぅああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  ムゲンが絶叫する。  こまりを見つめたままで。こまりの中から、何かが抜けていく。不思議な感覚だった。  目の中から細い糸がシュルシュルと抜け出て、視界がぼやけて、いや、視界が明瞭に、いや、、、  何を、考えてたのだろう。
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