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 『つきの亭』から歩いて約10分、古い2DKのアパートで秀忠は家族四人仲良く暮らしている。  自分の部屋はないし、自分だけの時間もない。  でも秀忠にとってそれは全く問題ではなかった。  妹たちと宿題をして、みんなでご飯を食べて、一本多い川の字で寝る。  それが何よりも好ましい。 「ダメだって! あとは母さんと一緒に夕飯の時って言ったろ!」  店長が持たせてくれたのは出汁巻き卵だった。  ふくふくとした黄色いそれは、もうそこにあるだけで幸せを感じるほどだ。  本当は夕食時にみんなで頂こうと思った秀忠だったが、幸せの誘惑に負けた。  妹たちも目敏く、いや鼻敏く騒ぎ出し一口だけだと自分にも言い聞かせた。 「「食べる! もっと食べる!」」  双子の妹、春美と夏美は秀忠が作った野菜炒めには目もくれず、さっきからこの調子である。  ぱっつんと眉上でそろえられた前髪、きれいに編み込まれたおさげ。色違いのワンピースは二人のお気に入りだ。  色違いにする場合、春美は緑、夏美は赤をいつも選ぶ。  そして同じ色違いの眼鏡はチャームポイントなだけではない。  春美は若干ではあるが生まれつき斜視で、眼鏡は治療のためである。
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