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西さんは深海さんと比べて人懐っこい。黙っているのが苦手な性分なようで、すぐに手を止めて話しかけてくる。きっと後で帰ってきた深海さんに叱られるだろうに、喋るのが好きなのだろう。深海さんにもこうして他愛のない話を持ちかけるのだろうか。彼はなんて返事をするのだろう。
「ある方が普通なんでしょうか」
「一概には言えないけど、その頃には俺は警察になるつもりだったな」
「深海さんもそうなんでしょうか?」
「うーん、先輩あんまり自分のこと話さないからなあ。でも、そんなにやる気がなければ、あんなに真面目じゃないと思うよ」
僕がふいに黙り込んで、会話が途絶えてしまった。よっこらせ、とわざとらしく小さく呟いて西さんは席を立って、棚からカップを一つ出して、コーヒーを注いでいた。ぼんやり眺めているうちに、牛乳や砂糖を山盛りに入れて、まさかと思ったが僕に差し出した。カップに描かれた変な猫と目が合った。
「来客用の椅子は無いのに、カップはあるんだよね。砂糖とかいれちゃったけどいいよね?」
「ありがとうございます」
ここに来るたびに、このカップを差し出されるからよく覚えている。不細工で愛嬌のある猫が描かれたマグカップ、西さんがここに来た時に、お近づきの印と深海さんに渡したらしいと本人から聞いた。堅物な性格をそっくりそのまま表した、ステンレスの無骨なカップを愛用しているような彼に、これを渡す勇気たるや。いつか使うと言われたまま棚に仕舞われていたらしく、結局いまは僕専用になっている。
「まあ、それでも先輩が親代わりなんだったら、相談くらい乗ってくれるんじゃない。夏野くんのこといつも、気にかけてるから。ここだけの話、仕事のことよりもね」
「そうなんですか…」
一瞬の静寂ののち、勢いよく事務室のドアが開けられた。全く人の気配はせず、二人とも驚いてそちらを振り向くと、深海さんが疲弊した様子で冷気とともに帰って来た。
「先輩、お疲れ様です!」
「ああ、お疲れ」
西さんは咄嗟に身を引いて、ビシッと敬礼して見せると、先ほどまでサボっていた書類に、まるで何事もなかったかのようにまた向かい始めた。会話は聞こえていなかっただろうか、深海さんは特に何も言及せず、まっすぐ僕が座っているデスクに歩いて来た。どいて、とも言われず肩越しに真っ白な手が伸びてきて、パソコンを立ち上げ未読メールを次々開いていった。
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