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名前を呼ばれず、自分でも存在があやふやになるせいか、僕は冬の間、冬眠のように眠りこけてしまう癖があった。
去年の冬休みに入る少し前から三学期の半ばくらいまでは、ほとんど意識がなく、ただ時々見ていた携帯電話のスクリーンには、羽多ちゃんからの着信のポップがよく表示されていた。声を出す体力が無かったから、出られなかった。
「夏野と帰れるのも、今年いつが最後になるか不安だよ。最近、居眠り増えてきたよね」
「…そうかな、そうだね」
僕たちはそれぞれ訳あって、学校から離れたところに住んでいる。地下鉄に乗って、僕は果ての駅まで、彼女はこの辺りで一番栄えている駅で降りる。陽が落ちるのが早いので、僕は一応、彼女がバスに乗るまで見送る。
「また明日ね」
手を振って、僕に背を向けるとき、彼女の髪が橙色に輝くのを見て、夕景だけなら美しいのに、と悲しい気持ちになる。この光だけなら綺麗なのに、それは夏の終わりだと思うと禍々しく見える。
そのあと、また電車に乗って寝ていれば、終点まで辿り着く。また、町中を燃やし尽くしているような強烈な光が視界を覆う。夏を殺し、徐々に早く、暗い緞帳が降りてくる。バッドエンドの映画の風景のようだ。
お気に入りの向日葵畑は、秋風が吹いた瞬間に頭を項垂れてしまい、夏を弔う葬列のようだった。今日、通りがかった時に、見計らったように頭がボトッと足元に落ちてきた。夏が終わると、色んなものが生き絶える。これもまた、夏とともに死んだ。つい、僕が来るのを待っていたかのように思えた。泥だらけのそれを拾い、せめてもの弔いを、しかしどうしたらいいか分からず、抱えて走り出した。来年もまた生まれてきて、ただ平和であるだけの、同じ夏が訪れるように。
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