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「ずいぶん暗くなったな」
声が喉でつっかえて、俯いたまま、また嫌な沈黙を生み出してしまった。深海さんも、いよいよこの時期の到来を深刻に捉えている声色だった。
「今日はどうしたんだ?」
自分でも違和感を覚えていないわけではなかった。ずっと。ただ、与えられた環境に身を任せていれば楽だから、無視してきた。また今年も、冬季ほとんど出席できないこと。体質といえば学校側には説明がつくが、そもそも、なぜ、というところ。
「午後の授業で倒れて。そのまま、です」
「…何か引き金になるようなことが、心当たりは?」
すぐに、進路のことが頭をよぎった。さらには受験云々より、羽多ちゃんと離れ離れにされることへの不安。自分のことが何一つ分かっていない不安、無知を今まで放置してきた自分に対しての不信感が改めてのしかかってきた。しかし、それを深海さんにどうしても言えない。こんなにずっと一緒にいるのに、彼も、何も教えようとしてくれなかったからだ。
「そうか…困ったな」
彼の言葉をそのまま受け取れば、彼自身何も知らないようにも見える。ただ、彼はこんなにも僕の生活に制限を与えて、結果的に彼の時間も奪われている。親戚とはいえかなり遠いと聞くし、面識があったわけではない。親同然の暮らしをしてくれてはいるが、僕のような年齢の子供がいるような歳ではない。例えばお金に執着する性質にも見えないし、しかし手放しで人の生活を支えるほどお人好しにも見えず、ただそれ相応の理由がなければ引き受けないだろう。
そもそも、僕はこの経緯も、会った時のことも覚えていない。気づいたら一緒に暮らしていた。もしかしたら両親が僕を彼に引き渡した時、まさに意識がなかったのかもしれない。
「おい!大丈夫か」
石畳の段差につまづいてよろけた。厚着をしていてもわかるほど骨ばった腕が躊躇いもなく僕の身体を支えた。突然その感触が気味悪く思えて、咄嗟に身を引いた。
「なんだよ」
少し気を損ねたような声色。当たり前だ、助けたのに避けられたら誰だってそうだ。僕は目を見ず謝った。彼の顔を見れなかった。
「ところで深海さん、僕の高校で三者面談してくれます?」
「…いや、ちょっときついな」
深海さんという人がわからない。この日以降、僕は突然にして、深海さんのことを恐ろしいと思う気持ちを抱えて過ごしていくこととなった。
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