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壊れた自動改札、無人駅。定期券は意味がないが一応かざして通る。ホームの電灯は半分が消えて、そのうち半分は割られていた。椅子にはいつも寝ているホームレスの男。
こんな街に置き去りにされても、僕は不思議とそれを悲しいと思ったことがなかった。それは深海さんという心強い味方がいることや、今のところ生活に不便がないこと。毒による病気などしていないこと。
そして、僕自身に、高校より前の記憶がないことが原因だった。
「夏野、おはよう」
足りない睡眠時間は、長い往路で補う。気付くと途中から乗ってきた羽多ちゃんが隣に座っていて、降車駅で起こしてくれる。これが毎朝の風景だ。
「昨日、返事なかったけど、テスト勉強してきた?」
「してない。まずいかな」
「まずいよ、今回結構難しいし。進路調査も始まるから先生たちうるさくなりそう」
羽多ちゃんは歩きながら参考書を読むくらいに頑張り屋だから、そういったことも大切なのだろう。強い風にバサバサとページがはためいて破れてしまいそうだったが羽多ちゃんは真剣だった。僕といえば、進路という言葉はまるで空想の世界の話のようだった。そういえば高校二年生になった初めての日から言われていたが、いつまでも現実味がない。
「ちょっと、その手どうしたの!?火傷?」
「うん、そんな感じ」
「昨日帰った後ってこと?料理でもしたの?」
「違うよ、ちょっと怪我しちゃって。今朝も包帯変えたし、大丈夫だよ。深海さんの言い付け破っちゃって。土に触っちゃダメだって」
「夏野の家の辺りなんて人が住む場所じゃないもの…じゃあペンも握れないから、テスト勉強もしないって魂胆ね」
「うん。ごめんね、連絡くれたのに」
あまり自分のことを話す相手も、話すべきこともないが、彼女は僕にたくさんの質問をぶつける時間と興味を持っていて、深海さん以外には彼女だけが唯一、僕の生活の決まり事を知っている。
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