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必ず毎日23時に寝ること。寄り道をしないこと、誰も家に呼ばないこと、補習や半日授業など帰宅予定時刻が変わる場合は必ず報告すること。この辺りは一緒に登下校しているうちに、話さなければいけない機会があった。他にもたくさん、深海さんから言い付けられていることはある。全て教えてはいないが、少しだけなら知っている。他の人は僕の名前しか知らないくらいだから、十分、僕のことに詳しい。しかし、彼女はいつもその理由まで知りたがっている。張本人さえ気にしないのに。きっと頭の使いすぎだろう。羽多ちゃんの捲るページに、この国のものではない言葉の羅列が途切れることなく続いている。
「羽多ちゃんは、知らないことがあるのが怖いの?」
羽多ちゃんは参考書を勢いよく閉じて、こちらを見た。淡い朝日に照らされた顔を今日初めて真正面から見ると、顔色が良くなく目の下に隈がある。夜更かしして勉強したのだろうか。大きな猫みたいな目がより凄みを増して驚いてしまい、咄嗟にごめん、と口から出た。
「今忙しいの。つまらない質問は後にして」
羽多ちゃんは我に返ったように目を伏せ、呆れたように呟き参考書を開いた。バスに乗って、校門をくぐって席に着いても、全くの無言だった。
「夏野は知らないことがあること、怖くないのね」
三限目のあと、後ろの席から吐き捨てられた言葉は、僕にもわかるくらい悲しげだった。結局テストの勉強はほとんどせずに臨んだ。案の定、難しくてペンは進まず、結果は芳しくなかった。
そもそも英語は苦手教科だ。深海さんは昨晩、夜更かししてまで勉強しろとは言わず、いつも通り僕を寝かせた。
知らないままでも大して支障のないことがたくさんある。隣の席の人と答案用紙を交換して採点し、返ってきた回答にどれだけバツがついていたって、どうでもいい。これだけ出来が悪いと、約束を破って勉強していたところで、どうにかなったとも思えない。だから決まり事を守って正解だった。交換したときに恐らく僕の答案用紙が見えたのだろう、背中に突き刺さる痛い視線は無視してしまった。
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