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高校最後の夏。
僕のクラスに転校生が入ってきた。
サラサラの黒髪と白い肌が印象的な男子だった。
細身で眼鏡で、目は黒くて細くて、口元が綺麗で。皆の好きな「儚げなタイプ」だ。
先生に挨拶を促されて、低い声でぼそっと自分の名前だけ話す。
クラスがざわついた。
嫌な気分だ。彼のせいじゃない。
こういう「タイプ」はみんなにとって格好の自己顕示の道具だ。
誰にも寄り付かなさそうで、あまり主張をしない奴が、自分にだけ優しくしてくれた、とか、自分しか知らない意外な一面があるとか。
自慢する道具にされる。
自分にしか懐かない猫を飼い主が自慢する感じ。
滑稽だ。本当は猫が好きなんじゃない。自分が好きなんだ。
特別な愛を受けている自分が好き。
見ているだけで憂鬱だ。
彼は僕の隣に座ることになった。
窓際の一番後ろの席だ。
僕が「よろしく」と声をかけると「あぁ」と返事が返って来た。
初日の会話はそれだけ。
それから一週間、彼と特段話すことはなかった。
ただ僕は一方的に彼を観察していた。
ぼそぼそ話すから人が苦手なのかと思ったのに。
話しかけられれば笑顔で応えるし、授業もサボらずきちんと受ける。放課後にゲーセンに誘われれば笑って参加する。
とても不思議な奴だと思った。
ただ一つだけ。
彼が昼休みにご飯を食べるところを、僕は見たことがなかった。
転校初日は教室にいなかった。
次の日から昼休みは決まって自席で本を読んで、ご飯は食べない。
今日も、彼は相変わらず自席で本を読んでいた。
ところで僕にとって、ご飯は重要な存在だ。
小学校で給食の時間だけは自分の席に座っている事を咎められなかった。
普段暴言を吐いてくる同級生も食べるのに夢中で、目の前の僕なんか気にしない。
中学校では屋上の鍵を盗んで、そこでやっと一人になって、安心してご飯を食べていた。
さらに言えば、僕は運動部だし、母のお弁当はいつも美味しかった。
だから、ご飯は僕にとって大事なものだった。
それを口にしないというのは、余計なお世話かもしれないけれどショックなことだ。
それにお腹が空かないのか、僕は単純に心配になった。
ただでさえ細いのに。
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