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「ごはん、食べないの?」
考えていたら、自然と言葉が漏れていた。
言ってから声が出ていたのに気付いて、気まずくなった。
しょうがない。許してくれと心の内で願った。
すると彼は顔を上げて、不思議そうな顔をしてから「食欲ないし」と普通に答えてくれた。
「なんで?」と彼が僕に尋ねる。
「いや、お腹空かないのかなって。単純に思って聞いただけ」
「そう」
彼は言って目線を手元の文庫本に戻す。
気まずい。
僕は次の言葉を探しながら様子を観察する。
文字がびっしり書いてある本を読んでいる。
眼鏡は黒縁で案外とまつ毛が短い。腕も細くて折れそう。
僕は心底心配になった。もっと肉をつけないと将来きっと困る。
僕の目線は彼にバレていたらしい。
彼が本を左手に持ち替えて頬杖をついた。
はっとして目を逸らす。
誤魔化すように、お弁当の卵焼きに箸を伸ばした。
「お前」
呼ばれて体がびくっとする。
見ると彼が特に不快でもない、何も考えてなさそうな顔で僕を見ていた。
「いつも一人で食べてるね」
「え?」
「ベランダか教室で。学食に誘われても断ってるだろ」
僕は「あぁ」と呟いて下を向く。
よく見てるなぁ、と思ったけど、僕も他人のことは言えない。
確かに。僕は一人、悠々とそこらでご飯を食べていた。皆こぞって学食に行くから教室はいつも人がいない。
一緒に食べる相手は何人か思いつく。
けれど僕は、未だに理由をつけてなるだけ一人でご飯を食べていた。
この気持ちを言葉にするのは難しい。
気を遣いたくないのもある。そもそも、もはや人とご飯を食べるやり方がわからない。
でも、それより重要なのは。
僕にとってこれは、唯一残された人権だ、という事だ。
「特に理由はないけど」
「…へぇ」
少し間があった。
嘘をついた。
些細な事だし、説明しても分かってもらえないと思った。
けれど彼はそれを見透かしているような、そんな目で僕を見ていた。
相変わらず何も考えてない顔だけれど。その奥で、疑うというより寂しさのようなものを感じた。
あくまで僕が思っただけ。けれどなんだか。本当の事を言ったほうがいい気がした。
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