青い瞳、青い空

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「うそ」 僕は呟いた。 「……本当は、人と話しながら食べんの、面倒なだけ」 僕は努めて分かりやすい言葉を使った。 でもとても素直な気持ちだった。 “面倒”という言葉に内包できるほど分かりやすい感情ではないけど、一番近い言葉だと思った。 彼は僕の言葉に少し驚いて、それから薄っすらと笑った。 「実は俺も、うそ」 「え、何が」 「食欲はある」 彼が歯を見せて笑った。 初めて見た顔だった。 「え、じゃあなんで食べないの」僕の声は素っ頓狂だった。 彼はそんな僕を見て「だって」と言った。 「人前で食べるなんて、恐ろしくてできない」 「まじか」 「あっさり納得するんだ」 「だって、人それぞれじゃん。怖いものって」 これも僕の素直な気持ちだった。 「じゃあ人気のないところで食べればいいじゃんとか、普通言わない?」 彼は本を閉じた。愉快そうに笑っている。 「あ、確かに」と僕が頷くと「うける」とまた彼が笑う。 正直そんなの考えもしなかったけど、思えば人気のない場所は基本的に快適さに欠けている。 お腹の空き具合と天秤にかけて快適さを選んだ結果、クーラーが効いた教室にいたんじゃないかと僕は無意識に勘ぐっていた。 「でも人気のないところって大抵暑いじゃん?」僕は言った。 「じゃあクーラーのあるトイレで食べればいい」 「それ虚しすぎじゃない?だったら僕食べないで本読んでる」 僕は悲しくなるくらい本気でそう言った。 だって、このひねくれた僕でさえも、いわゆる便所飯はしたことがなかった。 正確に言えば中学の時、一度しようとして諦めた。 僕に残されていたプライドの欠片がそれを制止させたからだ。 「終わりだぞ」と。 思った途端涙が出て、僕はトイレを飛び出した。その日はご飯を食べなかった。 そして次の日、年寄りの用務員さんがいつもほったらかしにしている鍵を盗んで屋上に忍び込んでご飯を食べた。 ふふ、と彼が吹き出した。 僕は馬鹿にされた気分でちょっと心外だった。 けれど、よく見たらその笑いは嬉しそうな、控えめな笑みだった。 「正解」 彼が言った。 何が正解なんだ。 僕が戸惑っていると「お前面白い」と彼が言った。 「え、何が」と聞き返す。 「頭いいってこと」 「…昨日の英語小テスト4点だったけど」 僕が言うと彼は、あはは、と歯を見せて笑う。 そして「そういうところがだよ」と言って僕の肩を叩いた。
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