18人が本棚に入れています
本棚に追加
「――ということだ。以上」
勢いよくやってきた社長はその勢いのまま話し始めた。時間にして二分。圧倒されて見上げている間に終わった。「以上」と言われても、四人はまだ説明を求めるように社長に視線を合わせていた。
「グループ名はな、今カッコイイのを事務所の連中と協議中だからな、待ってろよ」
社長は、どうだ、と言わんばかりに満足気だ。
「よく分かんないんですけど」
誰も言い出さないから私が口火を切った。
この四人が同時に呼び出された理由は、突拍子もないことだった。
社内会議において、私たち四人はグループを名乗ることに決まったらしい。といっても一緒に活動するのではなく、それぞれ違った分野で勝手に頑張るのだという。
「うん? 分かんねぇか」
社長は出来の悪い生徒を見る教師のような顔を向けた。
「てか、一緒にやらなくていいならわざわざグループにする意味あるの?」
実紗も千穂も帆乃香も同じことを思っているのだろう、誰も社長から目を逸らさない。
「意味? 大アリだぞ。たとえばだ、トップアイドルがひとりいる、新進女優がひとりいる、突然海外でお笑いタレントとして有名になったのがひとりいる、そいつらが、辿っていくとなんと全員繋がっていた。――となったら面白くねぇか?」
「ピンとこない」
水を差すが社長は動じていない。
「さまざまな方面でトップを取る。まあ、その過程でもいい。話題になったそのときにだ、実はこいつは○○○というグループの一員で、グループには誰と、誰と、誰がいるらしい。そのグループにいるやつらはどうやらみんな“スゴイ”らしい。――というような感じだ」
私だけじゃなく、皆ももぞもぞし始めた。
「だからあれだ。ほんの“お遊び”だ」
「お遊び?」
ようやく実紗が口を出した。
「そうだ。おまえたちにも励みがあったほうがいいだろう?」
“おまえたち”と言われた面々で、それぞれを見遣った。
「幸い、おまえたちにはレールがある」
「それって、雑誌のモデルをやったあれですか?」
千穂が舌足らずな声を向けると社長が相好を崩した。
「そう、それだ! おまえたちがこの先特に一緒に行動しなくても、あれがあるから“証拠”になるってわけだ。いちいちプロモーションしなくても、だ」
「お金掛けなくてもいいってことじゃん」
私の不満の小声を、もちろん社長は聞き流す。
「売れりゃいいんだ。そうすればこの作戦は未来のおまえたちになんらかのメリットをもたらすはずだ」
「なんか安直」
負けずに文句を言い続けた。
「いいか! おまえたち四人はある意味、選ばれた四人だ」
社長は私に構わず声を張った。
「考えてみろ。あの企画でなぜおまえたちが選ばれたのか。選んだのは、業界内じゃ眠っている原石を探すことで名を轟かせている敏腕編集者だぞ。そいつがうちのタレントファイルを隅から隅まで捲って、三人でもまたは五人でもなく、おまえたち四人を選んだ。おまえたちに輝く“なにか”がある証拠だ」
「ほわ」
千穂が口を縦にして変な声を出した。気を良くしたのか社長は更に乗ってきて演説のような口調を向ける。
「共通点なんかどこにもないおまえら四人に、そいつがその“なにか”を感じたとすれば可能性以外にあるか? 『この四人と仕事がしたい』と言われたとき、俺は震えたね。新しい時代が来た、と。これからのクロムプロモーションを担うのは、看板になるのは、ここにいるおまえたち四人だとな!」
社長の芝居がかった言葉にはとてつもない暗示、もといパワーがあった。すべてに揚げ足を取っていた私でさえ、いつのまにか虚栄心をくすぐられてドキドキし始めるくらいに。
「そういうことなら、いいんじゃない?」
ここで初めて帆乃香が口を開いた。
「だって、みんなが有名になればいいんでしょ。どの分野に行くかは分からないけど、とにかくみんなが少しずつ活躍すれば」
「上り坂の途中で次のご褒美が用意されているってことだよね」
千穂も声を弾ませた。ふたりともすでに気持ちを切り替えた、そんな表情だった。社長の手がふたりの肩の上に乗った。
「そういうことだ。おまえたちはおまえたちでそれぞれ我が道を進めばいい」
それから私にも視線を合わせた。
「ただし、脱落するなよ。ひとりでも売れなかったら恥ずかしいぞ。というか、そのときにはグループの過去は封印だ」
「!」
心臓がバクンと波打った。
誰も傷つかず損もしない――そんな作戦にも罰ゲームがあるとしたら、受けるのは“昌だ”と言われているみたいだった。
+
「――そういうことでよろしく」
社長のひとことが解散の合図となった。
帆乃香と千穂が先に部屋を出て、実紗と社長は会話をしながら歩き出した。埋め込み式の蛍光灯が端から端に伸びて光の帯のような長い廊下を、私も焦りながら続く。
「ねえ」
エレベーターの前でたまらずに社長を呼び止めた。先に乗った実紗がボタンを押したまま社長を待っている。
「私も、もっと仕事したいんだけど」
何度同じ不満をぶつけただろう。だが今日は、自分の切羽詰った声が自分に突き刺さる。
「白鳥が取ってくる仕事じゃ不満か」
社長は腕組みで言った。
「そういうわけじゃ、なくてっ、“もっと”って意味!」
白鳥さんは私の他にも駆け出しのタレントを何人も担当している。正直、もどかしさは感じていた。
「私、まだちゃんとした仕事をしてない。全部、黙って立ってればいい仕事ばっか」
言葉にすると惨めさは倍に跳ね上がった。
これまでの仕事といえばファッション誌のモデルが一番まともで、他にはインターネット系のイベントやショーで司会者の後ろに立っているだけとか、よく分からないパーティ会場で受付係の横にいるだけとか、とにかく立ち仕事ばかりだ。一昨日は所属タレントの自叙伝出版記念のホールで宣伝のカートを引いてぐるぐる歩く仕事だった。
「白鳥のやり方は正しい。今のおまえに、それ以外の仕事が出来るとは俺も思えない」
「!」
「仕事があるだけでも感謝してもらってると思っていたが」
笑わずに言う社長を前に、唇を噛みしめた。
「じゃあ、どうすれば仕事くれるの?」
苛立ちを抑えて聞いた。社長はふむ、と言ったきり黙っている。胸ががざがざしてくる。悔しさよりもやるせなさに喉が詰まる。
「みんなはどんどん仕事してるのに、私は明日も明後日もその先もずっとなにもないじゃん」
事務所に入ってすぐ、スケジュール帳を買った。帆乃香に初めて会った日、彼女が膝の上に開いて書き込んでいた様子がとてもカッコよく見えた。タレントになれば必然的に自分もそうなるんだと、勝手にイメージしていた。でもそんなイメージは全然遠い……。
泣きそうになっている私の頭に社長の大きな手が乗った。ポン、ポン、とあやすように叩かれる。そうして何も答えをくれずに行ってしまった。エレベーターに乗ったまま社長を待っていた実紗が、「昌、おつかれさま」と言葉だけで労ってきた。
「……」
私は唇を噛んだまま、脇の階段に走った。
最初のコメントを投稿しよう!