3 伯爵夫人は、幽霊の出現に悩んでいる

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「なるほど。先ほどのルールではありませんが、この幽霊は喋らないのですね。こいつは意思の疎通が難しいな」 「喋る幽霊もいるのでしょうか?」 「もちろん。ただし、ペラペラと雄弁な奴は、たいてい悪霊ですが」  トニヤはゴミの山から顔を出すと、したり顔で長いひげを動かした。 「それにしても、奥様は勇気がありますね。幽霊の誘導について行くとは」 「ついて行かない訳にはいかなかったのです。彼女が、あまりにうるさくするので。私が怖くて震えていると、しきりに手を引こうとしたり、背中を押そうとしたりするのです」 「でも、幽霊は奥様に触れられないでしょう。幽霊がどんなにやっきになっても、奴らの手は奥様の体を素通りするだけだ……ああ、やっと見つけた。いかがですか?」  トニヤは、インスタントコーヒーの瓶を頭上高く差し上げた。湿気た瓶の中で、固まりかけた粉がカタカタと鳴る。  結構ですわと、ロレダーノ伯爵夫人は静かに首を振った。トニヤは、ゴロゴロと食器が転がったシンクを漁ってカップを見つけると、自分の分だけのコーヒーを淹れた。 「幽霊なんて、実態が無いので儚いものです。チラチラと目の前に現れるけど、生きているものには触れることもできない。要するに屁とか……あっ、失礼。霧みたいなものですよ。向こうが触ってこられないのなら、無視することもできたのでは?」 「いいえ。無視するなんてできませんわ」  ロレダーノ伯爵夫人は頭を振ると、手にしていた日傘を、トニヤのひげに触れるほど近くに差し出した。柄の部分には伯爵家の紋章が刻んである。 「幽霊の手袋には、これと同じものが付いていましたの。つまり、生前は伯爵家の猫。おそらくは夫の前妻だったのです」
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