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王都の中心部、大聖堂から見て西側のスモッグで汚れた古アパートが立ち並ぶ地区に、トニヤ・ジョッセルのアトリエ兼自宅はある。
トニヤはここで、毎朝九時に青と緑でまだらになった瞳をこすりながら目覚めると、鏡の前に立って、鯨の肋骨のようにカーブした髭をひたすらに整えるのが日課だった。特別に誰かと会う約束もないのだが、毎日決まってそうしてしまうのは、彼が以前身だしなみに厳しい職場にいた猫だったからだ。
トニヤの体毛は淡いグレーとチャコールの縞模様で、毎朝の毛づくろいの際、朝日を浴びるとキラキラと輝いた。前の仕事を辞めて三年経つが、腹回りにぜい肉がついていないのは、トニヤの若さと、一日一食限定という寂しい食生活のせいだ。
毎朝の儀式めいた身づくろいを済ませると、トニヤはインスタントコーヒーを傍らにキャンバスに向かい、一心不乱に筆を走らせるのが日課だった。そして夕方になると、すきっ腹を抱えてレストランへ行き、皿を洗ってまかないの食事と日銭を稼いでいた。
赤貧洗うがごとしと呼べる毎日だったが、それでもトニヤは前の職場に戻る気はなく、ひたすら絵に取り組む生活を気に入っていた。
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