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 「ただいま」  リビングには届かない声を呟く。紐をほどかずに靴を脱いで暖かな光のある方へ。  「おかえり」  「・・・ただいま」  聞き慣れた母さんの声。冷たいわけでも極端に愛を感じるわけでもない、日常の声。  それから何も言わずに階段を登って部屋に入る。カーテンが閉まっていて、暗い。  制服から部屋着に着替えてベットの上で仰向けになる。スマートフォンの電源を入れた。  何かこれといってすることも無く画面をスクロールしていく。  気付けばツイッターを開いていたなんてこと、よくある。  ミュージシャンが小洒落たポーズをした写真。詩的な文章が添えられる。画面下にあるハートのボタンに僕も触れた。  それからめぼしい文章なんて見当たらず退屈になっていく。そんなものだ、他人が適当に発信した情報なんて価値があることのほうが少ない。邪魔な広告を非表示にする。  一つ、やたらと長い文章に目が止まった。  そこに書かれていたのは有名なアイドルグループの歌う歌詞だった。その後ろに歌を熱弁している文。  珍しいな、単純にそう思った。返信もいくつか来ている。  『歌詞、何ヶ所も間違えてますよー。にわかのくせに私達まで下げないでくれます?』  『それ、思った』  『ナイス正論』  『にわかはまじで嫌い』  そこで、見る気が失せた。スマートフォンの画面をブラックアウトさせてそのまま目を瞑る。  正論って、なんだよ。  「ごはんできたよー」  リビングから聞こえる母親の声で目が覚める。眠っていた。頭は重くて、消えない不快感を無視して扉を開ける。  夕食はいつも母さんと二人で食べる。箸を手にとって並べられた食器に触れ、口に運ぶ。また運ぶ。昔、誰かに食への執着が薄いだとか言われたことがある。言われて初めて気づいたことだった。僕自身、別段驚きもしなかった。  「ねえ、今日もあの子と一緒にいたの?」  気を使う反面、嫌悪感を隠しきれていない声。  「そう」  別に、隠すことでもない。  「ねえ、去年のクラスであの子のしたこと知っているんでしょう?あまり関わらないほうがいいと思うの」  僕を心配して言っている言葉だ。そんなこと、知っている。  「何か正当な理由があれば言ってほしいんだけど・・・」  正当、ね。  「ないよ」
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