1.魔法使いか魔女

4/15
前へ
/15ページ
次へ
 いい風だ。  春らしい風が学の髪を撫でる。近くに桜の木は見当たらないが、風に乗ってどこからともなく花びらが飛んでくるようだ。  徒歩二十分のところにあるショッピングモールには、学お気に入りのカフェが入っている。テラス席は犬の同伴が可なのもポイントだが、今日はモール内のペットショップに併設したトリミングサロンにアールを預け、学一人でやってきた。天気もよく暖かい今日は、カフェに着く頃には汗ばむ程だ。木陰(こかげ)のテラス席を選び、昼食にサーモンとクリームチーズのベーグルサンドを注文する。 (テラスっていいよなぁ。やっぱり今年こそバルコニーにテーブルとイス欲しい……)  マンションのバルコニーは広い。一人と二匹で十分な広さを誇るあのマンションだが、決め手は広々したバルコニーだった。去年の春も同じことを考えていたが、悩んでいる間に仕事が忙しくなり、忙しくしている間に冬になってしまった。何でも問題を先送りにするのは悪い癖だとの自覚はある。だが今日でようやく決心がついた。帰ったら早速調べよう。  ところがアールと共に気分よくマンションに帰宅した学を待ち受けていたのは、マンション周辺を駆け回る小学生だった。学は思わず端正な顔を顰(しか)め、嘆息を漏らす。  子どもは嫌いだ。  嫌いというか、苦手というか……――いや、やっぱり嫌いだ。  甲高(かんだか)い声が苦手だし、独特の乳臭さも好きになれない。勝手にアールに触ろうとするのも気に入らない。そして残念なことに、このマンションの住人はファミリー層が圧倒的に多いときた。埋め立てられたベイエリアは子育て世代に人気な立地だそうで、それでなくとも2LDKから3LDKが最も部屋数のタイプで多いこの手のマンションでは単身者はそういない。  もう春だ。学校がはじまっていることを失念していた。特に小学校低学年の児童が帰宅するこの時間、アールを伴っての外出は、最も避けるべき時間帯だ。  マンションのエントランスでも、黄色い帽子に真新しいランドセルを背負った子どもたちが走り回っている。 「あーっ、おっきいワンちゃんだ! わあ~」  子どもたちは目敏くこちらに気付くと、歓声を上げアールに向かって突進してくる。学はさりげなくアールを庇うように立ちはだかり――……。 「ごめんね~、ワンちゃんビックリしちゃうから触らないでね~」  失せろクソガキ――……とは心の中に留め、逃げるようにエレベーターに乗り込んだ。  まったく、子どもなんてうんざりだ。  幸い、学の住む七階の廊下には誰もいないようだった。エレベーターホールはしんと静まり返っており、子どもたちとの接触を最小限に抑えられたことに、学は安堵の息を吐いた。そして誰に言うでもなく呟く。 「はー……疲れた……――おわっ!」
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1313人が本棚に入れています
本棚に追加