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「おじゃまします……」
凛はおそるおそる靴を脱ぎ、きちんと揃えた。どうやら親のしつけがきちんとしているらしい。アールがしっぽを振って出迎えると、さっきまでのおっかなびっくりが嘘のように、凛は目を輝かせた。
「ようアール、ただいま」
「アールっていうの?」
ああ、と相槌を打ちながらアールの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「触ってもいい?」
「初めましての人間に触られるとビックリするから、ゆっくりな。上からじゃなくて下から手を出してやって」
凛は神妙に頷いて、下からそろそろと手を出した。小さな手だ。アールは凛の手をくんかくんかと嗅ぎまわった後、ひと舐めした。わっ、と凛が嬉しそうな悲鳴を上げる。
「撫でていいぞ。優しくな」
「わぁ……!」
洗ったばかりのアールの体は特にふわふわだ。言われた通りに優しくアールを撫でる凛の姿を、『まあ、この子どもは、いくらかマシかもしれない』という寛大な気持ちで学は見守った。
「おい、親に連絡はしたのか? 今時は小学生でもケータイ持ってんだろ? メールくらい入れておけよ。この部屋にいることも、ここの部屋番号も、全部連絡しろ。後から変質者扱いされたくねーからな。仕事が終わったら迎えに来てもらえ」
凛は素直にはい、と頷いて真っ黒のランドセルからキッズケータイを取り出す。昨今はカラフルなランドセルが主流らしいが、女の子なのに黒のランドセルとは変わっている。キズ一つない、凛の体に対し大き過ぎるそれは、おそらく買ってもらったばかりなのだろう。
「お前の親は何時に帰ってくる予定なんだ?」
「大体、夜の九時とか……ときどきもっと遅い」
「そんなに遅いのかよ……。どっちかもっと早く帰って来れないのか?」
「どっちかって?」と、凛が不思議そうな顔をする。
「パパとママがいるだろ?」
「ママはいない」
なるほど。
学は思わず言葉を詰まらせた。死別か離婚か、その他の事情か分からないが、凛の家は父子家庭だ。通りでこの子のボサボサ頭への無頓着なわけだ、と納得がいく。
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