5.昔の話(柳Side)

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 部屋を一通り見た後は、周辺の環境も見て回った。  遊歩道を歩けば、ジョギング中の人や、広場でピクニックのようにお弁当を広げている家族もいる。桜並木はまだ蕾が色づきはじめたばかりだが、満開になればさぞ美しいだろう。 「気に入った?」 「そうですね。文句のつけようがないですよ」  立地的にも、家族で暮らしている住人が多いように思う。  (りん)と同じ年頃の子どもも多そうだ。元々、大人しいタイプの子どもではあったけれど、母親を亡くしてからは、引っ込み思案が酷くなったように思う。環境を変えることが凛にとってプラスになればいいが。懸念事項はそこくらいだ。 「気に入ったんだったらよかったよ。お前も若いのに大変だよな。奥さん亡くして、一人で子ども育ててんだろ?」 「たしかに妻はいませんが……僕一人で育てているわけじゃありませんよ。色んな人に助けてもらってます」 「ま、俺もよかったよ。変に業者挟んで知らない人間に部屋貸すより、知ってるやつに住んでもらった方が」  仕事に戻るという先輩とはそこで別れ、彩人(あやと)はもう少し周辺を見て回ることにした。あまりにもその遊歩道が気持ちよくて、もう少し歩きたい気分だったのだ。その遊歩道は愛犬家にも人気のコースのようで、飼い犬を連れて散歩する人の姿もちらほら見受けられる。  ――犬、か。  すれ違ったテディベアカットのトイプードルを横目で見て、彩人は小さく溜息をついた。  凛が小学生になったら犬を飼おう。  そんな話を、生前、(すみれ)としたものだ。  生き物を飼うのは子どもの教育にもいいだろうし……それに昔、菫は大きなゴールデンレトリバーを飼っていたらしい。昔、というのが菫の両親が存命の頃の話なのだろうということはなんとなく察していた。犬を飼いたい、というのは菫自身の願いだったのだろう。しかしその願いが叶えられることはなかった。  泣くのは、強くなるための儀式みたいなもんだ、と言ったのは菫だった。  あれからどれだけの涙を流しただろう。  泣いた数だけ強くなったかと言われたら、そうでもない気もする。  大切な人を失うのはいくつになっても慣れるものでもないし、何年経っても辛い。
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