3.キスキスキス、ミー!

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3.キスキスキス、ミー!

 前日も、前々日も、散々に欲望を吐き出したはずなのに朝から元気な柳に、(まなぶ)(おのの)いた。  一体あいつの体はどうなっているのだ。  しかし凛を迎えに行くという柳はあの後、やけにあっさり帰って行った。 『考えておいてくださいね』  最後にそう、耳元で囁いて。  何を考えるというのだろう。僕のこと好きになってください、というアレ(・・)だろうか。  爽やかで礼儀正しかった柔らかい柳の印象は、もう一片だって残っていない。  いつまた狙われるかと身構えていた学だが、それは杞憂に終わった。  しばらく忙しいので、落ち着いたらまた飲みましょうね、とメッセージが届いたっきり、音沙汰がないのだ。  マンション内でバッタリ会うこともなくゴールデンウィークのあの日から柳にはまだ会っていない。  一度凛が、旅行の土産を持ってやってきた。 「パパがシンクに会ったって言ってました。僕も会ったことないのに、ずるい」  頬を膨らませた凛は、イガグリ頭がほんの少し伸びている。そんな凛も、今日はパパのご飯があるからとすぐに帰って行った。 * 「佐倉さん」  ゴミ捨て場の前で背後から声を掛けられぎくりとする。恐る恐る振り返ると、コンビニの袋を提げた柳が苦笑いで立っていた。 「そんなに警戒しなくても」  五月も終わりに近づいた、ある深夜のことだった。 「うちでコーヒーでもどうですか?」  あからさまに身構えた学に畳み掛けるように、柳は「通りもんありますよ」と言った。  どうやら学は食べ物で釣れると思っているらしい。 「……変なことしないで下さいね」  その通りだ。 「変なことなんてしませんよ」  ほんとかよ。  しかしいくら寝ているとは言え、凛のいる柳の家で襲われるとは考えにくいので、その辺は信用している。 「ゲイシャが手に入ったので、今日はゲイシャのアイスコーヒーにしますね」 「芸者?」  コーヒーが待ちきれず早速通りもんを一つ頬張りながら、きょとんとしている学を見て「絶対今違う漢字変換したでしょ」と柳が笑う。 「ゲイシャっていうコーヒーの産地ですよ。希少価値の高い、高級豆です。日本の芸者は関係ありません」 「へー」
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