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第4章 今日子と少年
父親のトラックに得意げに乗ろうとして大変な騒ぎを起こしてしまった娘というのが今日子だった。
全く子供というのは油断がならない。
それ以降車に気を付けるようになったのは言うまでもない。事故の話は大人になるまで何度も聞かされた。
茂雄は大変子煩悩で、今日子と弟の優作は物心ついた時からいつも父親についてまわった。
川釣りは勿論 自然の中で色んな遊びを教わった。
茂雄の腕は力仕事で昼間かいた汗が帰りつく頃には塩の粒となっていたが、優作と今日子は両方からその腕にぶら下がりグルグル回してもらっては、はしゃいだ。
優作が小学生になると、二人は仕事帰りの父親を捕まえては夕焼けの中キャッチボールをした。
それは君枝の作る 夕飯の温かな匂いに包まれながら日が落ちるまで続いた。
相変わらずポプラの木はそこにあり家族を見守っていた。
戦争で父親を知らない茂雄は自分の中の父親像を模索しながら、あれもこれもと、欲張って子供達に接していたのかもしれないが、今日子と優作はただただ毎日が楽しく幸せだった。
茂雄は父親を知らない事に感傷的になるタイプではなく、いつもプラス思考で色んな事に挑戦したいと考えていたが時にやり過ぎて君枝を怒らせることもあった。
そんなこともあってかしっかり者の君枝はよく姉さん女房に見られた。
あの事故の事は何度も聞かされたせいで、まるでその場に立って見ていたかの様に今日子の記憶に刻み込まれていた。
あの時父親が気付かずにトラックが進んでいたら、内臓破裂の即死だった。
それでも一命はとりとめたものの骨盤を損傷しており、血尿が出ていた為、万が一膀胱に骨が刺さっていたら見込みは無いとも言われていた。
君枝の機転を効かせた止血の仕方も良かったと院長は言った。
あれ以来茂雄は助けてくれた男の人に感謝と敬意の念を込めて、危険な仕事や気合を入れたい時はきちんと四つ折りにしたタオルを頭に巻く習慣がついていた。
それは仕事を始める前の茂雄の儀式の様になった。
強さの中に優しさを感じさせるその男は、いつしか茂雄の中で憧れから人生の目標となる存在に変化していった。
そして何より、もう一度会ってみたかった。
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