第2章 37年前 君枝とポプラの木の庭

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第2章 37年前 君枝とポプラの木の庭

~37年前~ 1968年 昭和43年 初夏 晴れ。 青い空がどこまでも広がっており、心地よい初夏の風が、その家の庭にあるポプラの木の葉を、ひらひらと気持ち良さそうに揺らしていた。 ポプラの木はこの辺りでは珍しく、この家のポプラは、隣町の教師夫婦の住む家の庭から、小鳥の悪戯により運ばれた種が偶然芽を出したものだった。 その優しげな樹形は、見る者の心を穏やかにさせた。 山野線 無人駅近くの線路に面したその家は、庭の前に日当たりの良い畑が広がっており 、バナナの木を目印に線路に向かって畑の小道を下りて行くと、一面を緑の稲が風に波打つ田んぼに出るのだった。 目の前の畑では季節ごとに様々な野菜が採れた。 春は菜の花のつぼみと里芋ミョウガの味噌汁が定番。 夏は茄子や苦瓜トマトなどが若い夫婦の食卓を彩った。 茂雄は二十八歳、スレート職人を生業としていた 。 妻の君枝は二十六歳。 四歳になる娘と一歳になったばかりの息子の四人暮らし 。 二人は米作りをしながら協力してよく働いた。 生活は裕福ではなかったが 、仕事が上手く器用な茂雄は周りからの信頼も厚く、どこからでも声がかかり、家族を路頭に迷わせる様なことはなかった。 君枝は料理上手で、甘いものが好物の茂雄の為に いこ餅をよくこしらえた。 お盆の頃になるとバナナの葉が活躍した。 あんこ入りの米粉で出来た団子を蒸す時に、バナナの葉でひとつひとつ包むと、食べる時葉っぱのスジが綺麗に剥がれ食べやすかった。 畑の右側には八畳程の防災池があって高さ1・5メートルくらいの緑の柵で囲ってあった。 池の奥の方からは大手毬が柵の隙間を抜けて枝葉を伸ばし、おにぎりの様なまんまるの花が咲き乱れ、水際ギリギリまで顔を出した可憐な花はその姿を白く水面に輝かせ自分の姿にうっとりしている様に見えた。 池の淵には、毎年アマリリスの赤い花や、色とりどりのナデシコ 、紫の牡丹が咲き、ムシトリナデシコはピンクの可愛らしい花を庭のあちこちで咲かせた。 全て君枝が忙しい畑仕事の合間に手をかけて育てたものだった。 庭や畑全体が子供達の良い遊び場にもなっていた。
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