第3章 茂雄とポプラの木の庭

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第3章 茂雄とポプラの木の庭

三日がかりの引っ越しの手伝いと大荷物に気を配りながらのトラックの運転に茂雄はとても疲れてはいたが、庭先に君枝と子供達の姿を認めると無事に帰り着いたことに素直な喜びと幸福を感じた。 四歳になる娘は一緒に行くと泣いていたが今は嬉しそうに向い側の縁側に座って笑顔で手を振っている。 娘の横にはエプロンで手を拭きながら息子をおぶった君枝が安堵の表情を浮かべ微笑んでいるのが見えた。 君枝の足元にはお行儀良くお座りをする茶色の愛犬コロの姿もあった。 コロは娘と同じ歳で 茂雄がトラックから降りて来るのを今か今かと待ちきれない様子で尻尾を振りながらも前足で地団駄を踏み、「呼ばれれば直ぐにでも駆け出す準備はできているのに」と少々不満げな様子だった。 何とか木戸の難関のカーブをやり過ごし、一同がホッとしたのも束の間、トラックの荷台には家財道具や布団 衣類がこれでもかと高く積み上げられ、ただでさえ不安定な状態に加え引っ越しの一番最後に積み込まれた自転車が荷物の頂上に君臨しておりその高さを自慢げに更新していた。 自転車は横倒しになってロープでしっかり固定されてはいたものの 、そのハンドルが 隠居の方に伸びた電線にわずか数センチの微妙なところで今にも引っ掛かりそうだった。 凸凹の庭ではほんの少しの土の盛り上がりでもあろうものならたちまち悲惨な結果になるのは目に見えていた。 近所の人達が声を張り上げトラックの茂雄に電線がある事を知らせトラックはエンジンをかけたまま一旦静止した。 茂雄はトラックから一度降りると電線と自転車の距離を見極め、確信を持った様子でまた運転席についた。 茂雄は、取り敢えずこの数センチを乗り切れば、荷解きは後にして、疲れた体を一旦トラックから解放してやり、久しぶりに見る娘を抱き上げ そして皆んなと一服しようと考えていた。 みんなもまた少しでも早く茂雄を労ってやりたいと思っていた。 みんなは、トラックと向かい合わせに立ち一斉に顔を上に上げ自転車のハンドルと電線の隙間を交互に食い入る様に見守った。 一歳の息子をおぶった心配そうな君枝の姿もその中にあった。 茂雄は再びアクセルを踏む足にゆっくりと慎重に力を込めていった。
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