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私のお気に入りの場所は、家から少し離れたところにある小高い丘の上だ。
そこに一本、ぽつんと立つ木の幹に背中を預けて座ると、私の暮らす町と、向こうに迫る赤い大地が良く見えた。
夜空は赤かった。
焼ける大地から上る黒煙で空気が濁り、それが星を隠してしまっている。
自分の真上を見上げると、木の葉の向こうに微かに星の煌めきが見えた。
ここは、私の思い出の場所だった。
幼い頃、両親に連れられてここから見た空は青く高く、浮かぶ真っ白な雲は柔らかそうで、とても美しかった。
町の向こうには草原が広がり、そのまた向こうには小さな隣町が見えたりして、本当に穏やかで、綺麗な景色だったのだ。
それがいつからか、遠く向こうから赤い大地と空が迫り、隣町を追い越して、ついに私の町にまで届こうとしている。
私は幸運だった。
最後まで生まれ育った家に居ることができ、家族と食事をして、穏やかに別れを伝えることができたのだから。
世界の終わりは、夜明けと同時だった。
太陽が昇り、世界を柔らかく照らし始めたのと同時に、私は薬を飲み込んだ。
途端に、瞼が重くなる。
瞼を閉じる直前、遠くにきらりと何かが光って見えた時、私の目から一滴、涙が零れ落ちた。
「……さようなら」
私は一人、そう呟いて静かに目を閉じた。
瞼の裏に広がるのは、いつか見たあの青空だ。
その青を切り裂くように、兵器の音は私の方へ迫っていた。
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