第五章

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 馬の速度は落とせない。この先また挟撃される可能性が捨てきれない以上、デル達は馬の体力が続く限り走り抜けることを強要された。 「各自、必要なら荷物を捨てて少しでも身軽になれ! 途中で脱落したら奴らに襲われるぞ!」  デルの言葉を合図に、後続の騎士達が毛布やランプなど野営用の荷物を解き、馬から投げ捨てていく。  中には食料を投げ捨てる者もおり、驚くことに地面に落ちた食料をめぐって隠れていたゴブリン達が喧嘩を始めている。それを見た騎士達は、草むらにまだ敵が潜んでいることを確信し、次々と出し惜しみしていた荷物を捨て始めた。  馬を走らせること30分。騎士団用に訓練された馬も昨夜の行軍と合わさって涎をまき散らし、息を切らし始めている。  前線の集落までもう少し。既に集落の無数の黒煙は青空を切り裂くヒビのように見えている。風が吹く向きによってはやや焦げ臭くも感じる。 「もう少しだ! 皆、頑張ってくれ!」  だが全速力で馬を走らせているはずの最後尾の騎士が、あからさまに速度を落とし始める。それに呼応して同じ部隊の騎士が合わせるように馬の速度を次々と落としていった。 「団長、先に行ってください! 我々はここで殿と合流して敵の追撃を受け止めます!」  止まって返事をすることもできず、デルはただ笑顔で手を振る部下を後方に置いていくことしかできない。  残った騎馬はデルを含めた7小隊、36名。 「くそ、あと少し!」  遂に集落の外縁部に当たる牧場周辺に辿り着く。デルの激しい感情とは裏腹に、牧場の牛や馬は毎日と変わらずに草を咀嚼しながら短い声で鳴いている。 「すみません! 団長、我々はここまでです!」 「どうか、皆をお願いします!」  さらに馬の疲労が限界に達した2小隊が脱落する。脱落したのは小隊の全員ではないが、自分の小隊の仲間を1人で置いていけないのか、まとまって小隊単位でデルのもとから脱落していく。  残り5小隊、26名。  もはや援軍とは呼べない人数までその数を減らしていた。    ようやくデルの馬の鼻先が最初の家屋に越える。  同時に、デル達の馬が限界を迎えて次々と土の上に倒れていった。 「………済まない。よく走ってくれた!」  デルは馬の髪を優しく撫でると、水や食料を馬に結んだまま、辿り着いた騎士達と共に装備だけを持って集落の中心へと走り始めた。
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