第六章

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「副長と呼ばれるだけはあったぜ。実に、そう実にいい腕だった」  目の前の亜人はゴブリンでもオークでもない。何をふざけているのか王宮や貴族の館でよく見られる黒いメイド服と白いカチューシャを纏った黄色い毛と体中に茶色い斑点をもつ亜人。カチューシャの裏に見えている三角形の突起は猫のような耳か、それが垂直に立って左右に向いていた。  さらに付け加えると、ふざけたメイド服の猫耳亜人が自分の背丈と同じかそれ以上の銀色の戦斧を肩に担いでいた。細かい流線的な溝などの装飾も含めて決して軽いものではない。  だが目の前の亜人は、子どもが騎士の真似事をする時に家の納屋から出した箒を槍代わりに担いでいるかのように軽々と扱っている。  声からすると女性なのか、猫耳メイドは自分の左頬に付けられた赤い傷を深い笑みのまま親指で指さしている。 「見ろよこの傷。このオセ様が顔に傷を付けられたのは久々だぜ………あんた、もしかしてこいつらが団長団長と呼んでいた奴かい? 残念だが、ここにいた騎士団は目の前のおっさんで最後だぜ」  デルは目の前の意気揚々な猫耳メイドに視線を合わせながら、傍に来ていた騎士団にカッセルの遺体を預けると無言で立ち上がった。 「………貴様は何者だ?」  デルの問いによく聞いてくれたと猫メイドは大きく息を吸って胸を膨らませると、肩に担いでいた銀の戦斧を自慢するかのように回転させて柄を地面に突き刺した。 「俺の名はオセ。栄えある魔王軍77柱が1柱、バステト4姉妹の3人目だ!」  同じ言語だというのに理解が追い付かない。魔王軍、77柱などデルはオセの言葉の中に含まれる単語に近いイメージが沸きづらかった。  魔王軍という言葉は古い書物に乗っている程度の単語で、文字通り魔王と呼ばれる強大な存在が率いていた異形の軍団や群れを指す。そもそも魔王がいたという事実すら怪しいのだが、子どもや思春期の男の子が読むような童話には頻繁に用いられる程度で、分別つく大人から見れば物語を盛り上げるための言葉に過ぎない。  バステトという言葉も、とある地方の言い伝えで残っている猫の亜人という程度で、実際その姿を見た者はいない。  だがデルの目の前にはカッセルを倒した猫メイドが堂々と、お伽噺に使われる単語を使っている。少なくとも冗談には聞こえない、デルは背後から来た大きな気配に気づくとゆっくりと後方に目を向けた。
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