1人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
男もびっくりしていたが、私の言葉に微笑んだ。
「何とか。」
私は、彼が生きていたことが嬉しくて、聞かれもしない近況を彼に怒涛のように伝えた。
一人暮らしをして、職場も変わったこと。変わった職場で介護の資格を取るために、図書館に来たこと。とにかく頑張って生きている姿を彼に見てほしくて、しゃべり続けた。私はこんなに元気になったから、あなたも生きて。その気持ちでいっぱいだった。
「名前、聞いてもいいですか?私は,蔵元咲。」
男は、微笑むだけで名前を教えてはくれない。
秘密主義なのだろうか。私は、何故か彼のことを知りたくてたまらなかった。
「どうして、あの時、死のうと思ったんですか?」
それにも答えてはくれなかった。
結局、彼のことは何もわからなかった。
だから、私は、こっそりと彼の後ろから図書館のカードを盗み見た。
貸出カードには、「北村 信二」と書かれていた。
北村信二さん。名前を知っただけで、こんなにも嬉しいなんて。
たぶん、これは恋なんだと思う。
「マジ?相手は名前しか知らない、50代のオヤジなんでしょ?」
「うん。」
私は、コーヒー店で太めのストローで薄くなったアイスコーヒーを啜った。
最初のコメントを投稿しよう!