さよならは言わないで

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男もびっくりしていたが、私の言葉に微笑んだ。 「何とか。」 私は、彼が生きていたことが嬉しくて、聞かれもしない近況を彼に怒涛のように伝えた。 一人暮らしをして、職場も変わったこと。変わった職場で介護の資格を取るために、図書館に来たこと。とにかく頑張って生きている姿を彼に見てほしくて、しゃべり続けた。私はこんなに元気になったから、あなたも生きて。その気持ちでいっぱいだった。 「名前、聞いてもいいですか?私は,蔵元咲。」 男は、微笑むだけで名前を教えてはくれない。 秘密主義なのだろうか。私は、何故か彼のことを知りたくてたまらなかった。 「どうして、あの時、死のうと思ったんですか?」 それにも答えてはくれなかった。 結局、彼のことは何もわからなかった。 だから、私は、こっそりと彼の後ろから図書館のカードを盗み見た。 貸出カードには、「北村 信二」と書かれていた。 北村信二さん。名前を知っただけで、こんなにも嬉しいなんて。 たぶん、これは恋なんだと思う。 「マジ?相手は名前しか知らない、50代のオヤジなんでしょ?」 「うん。」 私は、コーヒー店で太めのストローで薄くなったアイスコーヒーを啜った。     
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