Ⅳ テンション・リダクション

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「……どうしよう」  考えても考えても分からなかったことが、帰宅後ほどなくして明らかになる。家に帰って、夜ご飯を食べた後だった。部屋に戻ると、小野寺さんからのメールが届いていることに気づく。見るのが怖い気持ちもあったけれど、自分の行動や言動に自信がなかったこともあって、とにかく内容を確かめたいという気持ちが勝っていた。 「付き合ってください」  色んな内容が書いてあったけれど、小野寺さんが言いたいことは最後の一文に集約されている感じ。きっと……たぶん……いや、絶対にこれは「告白」なんだと思う。ただ、そんな展開が自分に訪れるなんて信じられず、何度も何度もメッセージを読み返していた。 (……やっぱり、告白されたんだよね)  何だろう、この気持ち……困っているように見せかけて、嬉しくて舞い上がっているような感じ。決して困っていないわけではないけれど、そんな思いがどこかへ行ってしまうほどに、自分自身もどこかへ飛んでいきそうな勢い。「嬉しそうに困っている」なんて表現は、今の僕にぴったりなのかもしれない。  僕を好きになってくれることはとても嬉しいし、僕だって小野寺さんのことは好きだ。でも、その「好き」という気持ちが相手とは違うような気がしているし、付き合ったら色んな意味でダメな気もしている。と言いつつ、このままの流れでいけば付き合うかもしれない。「落ち着け」とブレーキを踏んでいる自分だけでなく、心のどこかにアクセルを踏みたそうにしている自分が存在している。何も考えずに突破しそうな勢いでもあるから怖かった。  かつての僕は、好きになる人が同性だろうと異性だろうとあまり関係ないと思っていたけれど、本当は同性が好きなんだろうって気づいていた部分もある。高校の時には分からなかった……いや、分からないようにしていたこと。それが、青地くんや小野寺さんとの出会いによって、何となくはっきりしてきただろうか。かつての自分は、純くんしか見えない世界で生きていた。もしかしたら、あれは夢だったのかもしれないけれど、夢の中だとしても、純くんしか見えない世界を夢中で生きてきた。  だから、男かどうかは関係なく、純くんという「人」が好きなんだと思うようにしていた部分もある。狭い世界のなかでしか生きていないのだから、まだ分からないし断定できない。たまたま男が好きになったというだけで、女の人を好きになる可能性もゼロではないし、女性の魅力を知ることで、普通の恋愛に加速していく可能性だってある。「どちらも好き」というカタチがあるのだから、あまり意識しなくていい……そう言い聞かせながら、自分を保とうとしていただろうか。  大学に入って仲良くなった男友達が何人かいるけれど、純くんへ抱いたような熱い思いが芽生えることはなかった。体の奥底から“何か”が(たぎ)るような、体じゅうを何かが吹き抜けていくような気配もなかった。ただ、それが女性に対する「好き」の可能性を加速させる要因にはならなかったし、むしろ曖昧にしていた心を丸裸にさせられてしまったような気がしている。  性別を意識できるほどの関わりがなかっただけで、出会いが増えるほどに、自分の恋愛対象が浮き彫りになっていく感じ。純くんほどの熱はなくても、やっぱり同性に対しては何とも言えない心の揺らぎがあることに気づいていく。青地くんという存在が現れたことで、これまでは目に見えなかったであろう微かな揺らぎが、その変化に気づけるまでに大きくなっていった。それによって、これまでは知らなかった、目を向けていなかった揺らぎも意識するようになっていった。  「人」が好きだということを前面に押し出しても、そこに「同性」という要素が加わることで、恋愛感情が導かれている。視線の行方、熱の発し方、体が溶けていく感覚……そこには同性の存在がある。心をどんなに取り繕ったとしても、体はどこまでも正直だから仕方ない。まだ分からないことにしたいし、分かりたくないけれど……やっぱりそういうことなのだから。  好きになる対象は、性別で決まるものではない。心のなかでは声高らかにそう叫んでいたけれど、実際はそれが普通ではないと分かっている。僕にとっては、同性を好きになることを正当化するための言葉でしかなかったことも分かっている。ただ、後ろめたい気持ちがどこかにあるから、受け入れたくなかった。  僕が考える「普通」は、やがて普通ではなくなっていくのだろうか。普通じゃないと思っている僕が、普通になる日は来るのだろうか。それは分からないけれど、少なくとも現状の普通は、僕の生きる世界とはかけ離れていた。だから、多くの人が考える普通でありたいと思ってしまうし、できることならば、少数派ではなく多数派で無難に過ごす人生がいい。やっぱりどこか窮屈だし、後ろめたい気持ちがあるから、普通に対する憧れがあるのかもしれない。
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