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「……その、あ、あ、青地くんから聞いて」
「奏冬に?」
「……う、うん」
思えば、純くんから出動要請の電話がかかってきた段階でミスを犯していた。「彼女は?」なんて聞いてしまったことが大きな問題であることに変わりはないけれど、それ以前に気づかなきゃいけないことを見逃している。本人から聞いてもいないのに、あたかも彼女がいることを共有できている。そんな話し口だったこともまた、大きな問題だと気づかされていく。
もちろん、僕が勝手に作り上げた話ではなく「青地くんから聞いた情報を踏まえて」という理由があるから、それを正直に話せば納得してもらえるはずだ。とは言え、詰めの甘さを痛感せずにはいられない出来事が連続している。僕は何をやっているのだろう。
「……やっぱりかぁ」
「……」
「あいつ、最後まで人の話聞かないからなぁ」
理解してもらえたような、何か煮え切らないような……そんな中途半端な空気が流れていた。その空気に押しつぶされそうになり、何か言ってはいけないことを口に出してしまったかもしれない、間違えたことを言っているかもしれないなんて、負の連鎖が広がりそうになっている。
「彼女はいないよ」
「……へっ」
「単にバイト先の人と仲がいいってだけ」
「……」
「奏冬が勝手に話を進めただけ」
これもまた嘘なのだろうか。もはや、何が本当で何が嘘か自分でも分からなくなりつつある。もしかしたら、僕と同じように純くんも演技しているだけなのかもしれない。僕は彼女がいないけれど「彼女がいる設定」、純くんは彼女がいるけれど「彼女がいない設定」を貫いているだけなのかもしれない。設定の必要性まで考えを巡らせることはできないけれど、何となくそんな感じがする。
「でも、遥ちゃんに彼女ができたって聞いてさ」
「……うん」
「俺もちょっと、その……ね、意地になって」
ただ、話を聞き進めていくと、どうも演技ではないような気がしてきたし、これが演技だとしても仕方ないと思えるくらいに、一つ一つがまっすぐ響いてきた。言葉が紡がれるほどに、嘘とは反対の方向へ心が誘われていく。「こうであってほしい」という方向へストーリーが固められていく。
「だから、その、付き合うようなニュアンスで」
「…………」
「奏冬に話しちゃったかもしれない」
「…………」
「ごめん」
目の前に広がる景色は、傍から見れば何も変わっていない。でも、空虚をひっくり返して虚空になった感じ……うまく説明できないけれど、妨げていた“何か”が解放されていく。じわじわと熱を帯びていく。そう自分でも分かるくらいに、心の中で何かが動き出していた。純くんは嘘をつくような人じゃない。やっぱり噓はいけない……そんな思いが僕を自然体へと導いていく。
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