Ⅵ スポットライト効果

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「……ごめん」 「えっ?」 「……う、嘘ついてる」  嘘はいけないなんて理由も、また嘘でしかない。本当は純くんと同じような状況だと知って、後出しジャンケンをしただけ。相手が嘘をついていないのだと分かって、僕もそれに合わせただけ。純くんの話と重ね合わせるように、僕に彼女なんていないことを伝えた。 「告白されたって話は?」 「いや、その……」  ただ、話せば話すほど自分が追い込まれていくような気がする。この期に及んで「噓も方便」なんて言葉がちらついている。自分を守るため、相手を傷つけないため、物事を円滑に進めるため……生きていく上では必要な嘘があるはずだ。許される嘘があるはずだ。そうだと言い聞かせて、嘘を嘘で固めようとしている自分が見え隠れしていた。やっぱり「嘘はいけない」なんて思いは嘘でしかない。とは言え、どこまでが本当で、どこまでが嘘か自分でもよく分からなくなっているのも事実。抜かりない脚本を失ってしまっては、自分ではない自分を演じ続けるなんてリスキーでしかない。取り繕えば取り繕うほど、襤褸(ぼろ)が出てしまって取り返しがつかなくなるはずだ。  嘘をついたら、その記憶を新たに組み込まなければならない。ただ、事実と異なるものは記憶として定着せず、やがて思い出せなくなっていくんだと思う。緻密な設定を生み出す作業は、やがて限界が来るんだと思う。そこから矛盾が生じて、新たな嘘で穴埋めをしなければならない状況も出てくるだろうか。嘘をつけばつくほど、時間が経てば経つほど、整合性を図ることが難しくなっていくのかもしれない。だって、そこに事実がないのだから。何もないところから無理やり生み出したものなんだから。程度によるかもしれないけれど、嘘というのはいつかバレるものだと思う。どんなにうまく振る舞ったとしても、バレていないと思っていても、相手には気づかれているのかもしれない。 「そ、それは本当」 「告白されたってこと?」 「……うん」  だから、これ以上の嘘はやめようと思う。嘘はいけないからという真っ当な理由ではなく、もう自分でもよく分からないし、思考が働かなくなっているから。そんなしょうもない理由だけど、同じ結論に至っているから大丈夫ということにしてほしい。自分で何かを計算して何かを生み出すなんてことはせず、事実を拾い集めるだけでいい。そんな駆け引きは今の純くんに対して必要ない。告白されたことは事実だけど、それを断ったことをまっすぐ伝えた。 「何で断ったの?」 「……」 「付き合うような感じだったじゃん」 「……」  純くんはこんなにも鈍感だっただろうか……いや、そんなわけない。だとすれば、すごく意地悪な問いかけのようにも思えてきた。本人にそういうつもりがあってもなくても、僕からすれば意地悪でしかなかった。はじめから付き合うつもりはなかったと言い切れないのかもしれないけれど、付き合おうとする理由が彼女とは別のところにあったのだから、本当に付き合うことはなかったと思う。 「…………」 「……」  別のところにある理由。僕が言わなくても、純くんには気づいてほしいし、分かってほしい。気づいているのなら、分かっているのなら……聞かないでほしい。 「………………」 「…………」  沈黙が続けば続くほど、2人を包む空気に気まずさが滲んでいく。ただ、何だろう……その気まずさを打破する必要はない気がしていた。沈黙に思いを乗せるのが、今の僕にとっては最適解なのかもしれない。 「……………………」 「………………」  ただ、仮に返答するとしたら、僕は何て言えばいいのだろうか。純くんとの関係性が見えなくなっている今、どういうスタンスでいけばいいのかが分からない。ずっと変わることのない気持ちを届ければいいのかもしれないけれど、それはちょっとだけ違うような気がする。今の僕らの関係や、そこに至るまでの過程に目を向けていった時に、とにかく色んな思いが邪魔をしていた。僕らの「今」ってどうなっているんだろう。僕らはどこへ向かっているんだろう。 「……寒っ」 「……」 「車に戻ろっか」 「…………うん」  ふと、重苦しい空気を切り裂くように純くんの声が響き、見慣れないリアクションとともに、どこか場違いな声色が乗せられていく。耐えられなかったのは、きっと寒さではない。そこにあるのは優しい嘘なのかもしれない。
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