Ⅵ スポットライト効果

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「…………」 「…………」  純くんの言葉を確かなものにするため、カーエアコンの暖房を少し強めに設定する。気まずい沈黙のなかでは、エンジン音をかき消すくらいの風量がちょうどよかった。 「…………」 「…………」  少し様子を伺いながら、車を発進させる。何かを言われる気配もないから、これでいいんだと思うし、純くんを家に送り届ける流れで間違いないと思う。ただ、本当にそれでいいのだろうかと、何となく迷っているような、迷いたいような自分がいた。 「少しドライブしながら話そ」 「……うん」  もう充分に話したような気がするけれど、こんな終わり方でいいのだろうか。この時間を逃して……いや、逃がしてしまったら、もう会えないような気がする。本当の本当に終わってしまうような気がする。終わってはいけない、終わらせてはいけないなんて思いが加速していく。 「…………」 「…………」  何も言われないから、帰らなくたっていいし、どこへ行ったっていい。開けたまま終結すると思われた僕らの物語は、あの日から今日まで伸びている。どこかで途切れているのかもしれないけれど、僕らは今ここにいる。  かつての僕は、終わっていないように終わったほうが幸せかもしれないと思っていたけれど、高校生活が幕を閉じようとした瞬間、「終わってほしくない」「続きが見たい」という思いが絶えず込み上げてしまった。ただ、こんな大学生活になるのなら、やっぱり終わっていないように終わったほうがよかったのかもしれない。叶わないと思っていたことが叶うと、その有難みが薄れてしまう。近くにいるという安心感は、やがて「心の距離」を生み出す苦しさへと変わっていった。 「…………」 「…………」  終わらせたい気持ちと、終わらせたくない気持ち。真逆の選択肢で揺らいでいるように見えるかもしれないけれど、それは違う。両者は表裏一体で、答えは一つしかない。終わっても仕方ないとは思っていたけれど、やっぱり終わらせたくないし、終わりのことなんか考えたくない。それが本当の気持ち。出会った時からずっとずっと変わっていない、たった一つの思い。  怒りや憎しみのようなものだって、素っ気ない態度だって……純くんが嫌いだからではなく、むしろその逆。何が起きてもブレることのない思いが、心の奥底で静かに燃え続けている。終わってから気づく幸せなんていらない。今、この瞬間に幸せを感じたいし、それがずっとずっと続いていくことに幸せを感じていきたい。
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