Ⅵ スポットライト効果

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 気づけば、車を走らせて10分ほど経っただろうか。ダム湖からそれほど遠くない場所に有名な夜景スポットがある。月や星が見上げられない曇天でも、夜景を見下ろすことはできるという思いから、新たな目的地として辿り着いた場所だった。夜でも人が多い場所だから、正直あまり得意ではないけれど、そんな意識が飛んで行ってしまうくらいに、とにかく夜景がきれいな場所。田舎の町だけど、「思ったよりも都会なんだ」と感じてしまうような煌めきが至るところに散りばめられている。 「…………」 「…………」  特に言葉を交わすこともなく、シートベルトを外す動作がシンクロしていた。そして、お互いが当たり前のようにドアを開け、当たり前のように展望台の方向へ歩みを進めていく。どこか、ぎこちない距離感を抱えながら。でも、一緒に来たんだと分かる距離を保ちながら。 「どっか向かってる?」  さっきと同じように、そう聞かれるだろうと思っていたけれど、お互いが一言も発することなく、この展望台へ辿り着いてしまう。どこへ行くとも、何をするとも言っていないから、疑問の一つや二つ出てきてもおかしくない。そんな状況なのに、純くんはここへ来ることを分かっていたかのような動きだった。ぎこちない距離感とは対照的に、とにかく自然な流れだった。何も言わなくても分かり合えている感じ……それが純粋に嬉しい。分かり合えていないかもしれないけれど、言葉を交わさずとも、見えない言葉と行動が伴っている感じが嬉しい。 「……うわぁ……すごっ」 「…………」  いつもはあんなに人が多いのに、この時間は僕らだけの夜景スポットになっていた。壮大な夜景を前に、言葉が思わず溢れ出してしまった感じ……そんな純くんの反応をどこか自慢げに見つめている自分がいる。嬉しさを抑えることができず、思わず笑顔が溢れ出してしまったものの、真っ暗だからどんな顔をしていても問題ない。純くんの斜め後ろで、ここぞとばかりにありのままの感情を解放させていく。 「月が綺麗ですね」  いつか、そんな言葉を言ってみたいなんて思ったことがあった。今は月が見えないけれど、こういう場面で言えたらいいのかもしれない。空にある月へ届けるように……でも、本当は近くにいる月へ伝えるために。そういうロマンチックな発想が好きだ。 <久方(ひさかた)(あま)つみ空に 照る月の 失せなむ日こそ ()が恋 ()まめ>  月が消えてしまう日が来るのならば、僕の恋も終わってしまうだろう。万葉集に収録されているこの歌は、まるで僕のようだと思ったことがあった。現実として月が消えてしまうことなんてないから、僕の恋が止むことも決してない。「『こそ』+已然形」によって、そうした逆説的な余情や余韻も残されているのが面白いし奥深い。日本最古と言われる歌集が、千年以上もの時を経て僕の心とリンクすることもすごく魅力的だった。 「……俺んち、あの辺かなぁ」 「…………うん」  純くんの目線に合わせるように、少し遅れながら動きをシンクロさせていく。この綺麗な景色を純くんにも見せたい……僕の「初めて」には、いつもそんな思いが寄り添っていた。有名なスポットだから、もう見たことがあるかもしれないけれど、僕のそばで見てほしかったし、僕のそばで見せたかった。景色を眺める純くんを近くで感じたかった。  この景色は一人で見てもいいし、誰かと見たっていい。ただ、男女の組み合わせが多数を占めるこの場所は、何だろう……複雑な思いになってしまう場所でもあった。純くんを連れてきたいという思いはあったけれど、一人で来ることも躊躇(ためら)ってしまう場所だから、実行に移すのは無理だろうと思っていた。だから、そうしたものを乗り越えて、ここに辿り着いた僕は今までと違う。結果的に人がいない状況ではあるけれど、人がたくさんいることを覚悟してここに来たから、今日の僕は何かが違う。それを分かってほしいけれど、そんなことはきっと言わなければ分からない。いや、言っても分からないかもしれない。
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