Ⅵ スポットライト効果

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「……遥ちゃん」 「……」 「その……さっきはごめん」  さっきの問いかけに対する「ごめん」だろうか。確かに意地悪な質問だと思ってしまったけれど、黙ってしまった自分にも非があるのは事実。心の中でどんなに想っていても、言葉にしなければ分からないことがあるし、伝わらないことがある。言葉が溢れ出しても、モノローグでは意味がない。だから、この勢いのまま、ちゃんと伝えるべきだと思う。結果はどうなってもいい。壊れてしまってもいいから、最後ぐらいはマリンスノーのように美しく沈んでいきたい。 「…………こ、断ったのは」 「……えっ?」 「…………す、好きな人がいるから」  意気込みは満点だったけれど、やっぱりどこかに逃げ道を作ってしまう。ロマンチックな言葉は避けるべきだと思ったけれど、それと同じような遠回しの表現を使って、相手に助けてもらおうとしている。「純くんが好き」……たった一言だけど、その言葉が出せない。本当に僕はどうしようもなかった。 「…………バイト先の人?」 「…………」  やっぱり純くんは鈍感だった。鈍感を貫いていた。首を横に振るうちに、いつか純くんが正解を出してくれることを期待しそうになったけれど、何となく正解は出ないような気がしていた。仮に正解が分かっていたとしても、純くんは言わないような気がする。それは意地悪……いや、意地悪なのはむしろ僕のほうだと分かっている。 「…………」 「…………」  ほどなくして、純くんの助け舟は引き返してしまったようだ。出尽くしたわけではないと思うけれど、表面上は出尽くしたことになっている。何とも言えない沈黙の時間だけが、再び通り過ぎていく。 「…………寒っ」 「…………」 「戻ろっか」 「…………」 「……遥ちゃん?」  怪我した手に振動が伝わらないよう、純くんの服を静かに掴んでいた。さっきと全く同じ展開……たしかに寒いけれど、決して耐えられないほどの寒さではない。夜景の温もりを感じられるせいか、さっきよりも暖かくさえ感じられる。 「…………す、好き」 「…………」 「いや、その…………す、好きな人は」 「…………」 「…………こ、ここに」  純くんが好きなんて、やっぱり直接的な言葉で伝えることはできない。でも、僕なりにまっすぐ伝えたつもりではあったし、一歩踏み込んだつもりではあった。僕の精いっぱいの気持ちが届いてほしい。不定形で壊れやすい心が、一足早い雪に変わる前に。 「……それって」 「…………」 「……ど、どう受け取ればいい?」 「…………」  届いていない……いや、純くんになら届いているはずだし、届いてほしい。でも、僕のはっきりしない言葉が純くんを困らせてしまっているのかもしれない。何かを探っているような、何かを確かめたいような感じ。決して意地悪とかではなく、分かっているけれど分かりきれずに立ち尽くしているようにも見える。 「……やっぱ、車戻ろうか」 「…………う、うん」  さっきまでの貸し切り状態が嘘のように、展望台が少しずつ騒がしくなってきた。何となく委縮してしまった僕の心を包み込むように、純くんの助け舟が旋回(せんかい)してくる。
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