Ⅵ スポットライト効果

9/12
前へ
/185ページ
次へ
 始まったばかりの映画は、終始クライマックスのような展開……僕らの物語を今までとは違った視点で見ているような新鮮さに包まれていた。  心に刻まれている高校時代の思い出には、純くんの「確かめたい」「進展させたい」という思いが隠されていたことに気づかされていく。駆け引きと言っていいのか分からないけれど、純くんは色んな方法でアプローチしてくれていたようだ。ただ、それに意識を向ける余裕もないまま、一方的に断ち切ったり、何気なく流したりしてしまっていた。鈍感だったのは、僕のほうかもしれない。 「……なんかさ、その」 「…………」 「……遥ちゃんを邪魔してるんじゃないかって」 「…………へっ」  邪魔だなんて……むしろ、僕の方が邪魔をしているんじゃないかって思っている。首を思い切り横に振ってみたけれど、今の純くんには届きそうにないだろうか。  大学生になって、どこか突き放されたように思ってしまった部分があったけれど、そこにもちゃんとした理由があった。狭い世界では見えないものがある。もっともっと広い世界を知っていくことで、僕が変わっていくのではないか。そんなことを考えていくうちに、自分の存在が邪魔になっているんじゃないかと思ってしまったらしい。ティー・パーティーの誘いを断ったことも関係しているだろうか。  たしかに、僕の世界は純くんを中心に回っていた。出逢う前はどうだったのか想像できないくらい、何もかもが純くんの色に染まっていた。大学生になって、自分なりに違う世界へ飛び出してみたけれど、やっぱり純くんが好きという思いは消える気配がないし、むしろ強くなっていった。狭くても広くても、純くんに対する思いは変わらない。 「…………いや、また嘘ついた」 「…………」 「…………そんな理由じゃない」  さっきまでの言葉を、純くん自身がすかさず否定する。それは理由として綺麗すぎる。本当は僕のためなんかじゃなく自分のため。自分の気持ちを保つために、違う居場所を確保したいという理由で、僕を突き放そうとした感じのようだった。ただ、純くんがどんなに嘘だと言っても、「僕のため」という理由が見え隠れしていることは分かっている。僕を思う気持ちがなければ、きっと邪魔だなんて思わないし、突き放そうともしない。だって、「好き」の対義語は「嫌い」ではなく「無関心」なのだから。  理由がどこにあっても、どこに比重が置かれていても、そんなことはどうでもよかった。純くんのなかに少しでも僕の存在がある、消えないでいる……それだけですごく嬉しい。 「…………大学生になってさ」 「…………うん」 「なんか……その、考え方? が変わって」  純くんの言葉は、まるで僕から発せられているのではないかと思うほど、重なり合うものが多かった。過去から未来へと話題が少しずつ変わっていくなかで、お互いが同じような思いを抱え、同じように悩んでいることに気づかされていく。純くんが僕を突き放そうとした理由と、僕が離れようとした理由……そこには共通する思いがあったのかもしれない。  大学での人との出会い、その関わりを通じて、僕のなかでは「自分の恋愛対象」や「恋愛の段階」が何となくはっきりしてきた。思えば、青地くんに対して恋愛感情のようなものを抱いてしまった気がするけれど、彼との関わりを重ねていくなかで、純くんとは少し違うことに気づかされていった。恋愛とは違う何か……言葉ではうまく説明できないけれど、越えられない何かがあって、行き着く先が見えてしまった感じ。青地くんに対してはそんな感じ。  はじめは、純くんも同じだったと思う。届かないもの、越えられないものがあると思っていた。ただ、様々な出来事を経て、お互いが抱えている弱い部分をさらけ出せるようになっていく。お互いがお互いしか知らない顔を持っていることに気づかされていく。「友達になりたい」からスタートした純くんへの思いは、少しずつ「恋愛」という言葉を意識するものへと変わっていった。  それが一方通行であってもいいし、重なり合わなくてもいい。はじめはそう思っていたけれど、パーソナルスペースが狭くなっていくなかで、誰も知らないであろう世界に踏み込んでいくなかで、その深い深い心の奥底に何となく共鳴できるものを見出せそうな瞬間があった。可能性はゼロではないと思う瞬間があった。だから、迷いやもどかしさを抱えるなかでも、気持ちが灯され続けたんだと思う。せめて高校生活が終わるまでは、灯し続けたかったんだと思う。  ただ、大人になっていくなかで、純くんとの残された時間が延長されるなかで、少しだけ考え方が変わっていった。今までの恋愛とは、少し異なる意味を帯びていった。その変化は純くんも感じていたようだ。 「好きになる人が同性だろうと異性だろうとあまり関係ない」  かつての僕は、その思いだけで突っ走っていたような気がするけれど、大人になっていくなかで、人との関わりが増えていくなかで、何かに気づいたような感じでもあった。新しい友達ができたり、告白されたり……色んな人との関わりを通じて考え方に奥行きが出た感じ。塾で働くようになって、子どもではなく先生の視点で物事を見つめるようになったことも大きいのかもしれない。  高校生の時は夢を見ても大丈夫だった気がするけれど、大人に近づいていくなかで現実に目を向けられるようになったし、目を向けざるを得なくなった。高校生の時にはよく分からなかったものや見えなかったものが、ちょっとずつはっきりしてきた感じなのかもしれない。高校生の時に見つめていた「先」よりも、もっともっと遠い「先」に目を向けるなかで、考え方がものすごく複雑になった感じがあった。決して純くんへの思いが冷めたわけではないけれど、純くんとの関係に対するスタンスや考え方が変わっていったような気がする。  純くんの話を自分に置き換えながら、同じような思いを分かち合っていく。既存の物語を、新たな視点で見つめていく。
/185ページ

最初のコメントを投稿しよう!

335人が本棚に入れています
本棚に追加