Ⅵ スポットライト効果

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 大学生になって、BLという世界を知った。ドラマやアニメで描かれるような展開は難しいかもしれないけれど、色んなコンテンツに溢れている今は、そうした恋愛のカタチが決してフィクションではないことを知っていく。ストーリーに憧れて、そんな恋愛ができたらいいなんて思ったりもする。  僕と同じような人って、思ったより多いのかもしれない……そうした気持ちがないわけではないけれど、あくまで画面の向こうの世界であって、どこか身近に感じられない部分があるのも事実。隠しているのかもしれないけれど、同じような人が周りには見当たらないから、現実の話なのかと疑ってしまう自分がいる。とは言え、関わる人が限定されているから見つかるはずもないし、受け身の人間にそんな人が現れるなんて夢のまた夢。狭いコミュニティのなかで見つけようなんて、無理のある話だった。だから、純くんの存在や思いが夢だと思ってしまう部分もあるのかもしれない。どこか信じきれない部分があるのかもしれない。奇跡が起こらない限り、こんな狭い世界で出逢えるはずがないのだから。  そうしたものが迷いとなって中途半端な関係を生み出しているのだろうか。あるいは、そういう関係に留めることで自分のなかに余白を残そうとしている感じだろうか。「恋愛がよく分かっていない」とか「恋愛対象が定まっていない」とか……そういうことにして、自分が現実だと思える方向に行くための可能性を残しているのかもしれない。ずっとずっと分からないままにして、時間を稼ごうとしているのかもしれない。ただ、そんな余白を残さずとも、本当はもう分かっている。 「…………このままでいいのかなって」 「…………」 「…………将来を考えたときに、そう思って」  情報が簡単に手に入るようになって、知りたいことも知りたくないことも目にするようになった。理解を示す人がいる一方で、どんなに時間をかけても、すべての人が理解し合えることはきっと難しいと改めて感じた。どんな時代であれ、どんな物事であれ、肯定派もいれば否定派もいる。色んな人がいて、色んな考え方があって当たり前。そもそも、自分が自分を肯定しきれていないし、自分自身を理解できていない。だから、人に肯定してもらおうとか、理解してもらおうなんて考える以前の問題だった。  誰かのための人生を生きているわけじゃないと分かっている。自分のための人生だと分かっている。ただ、色んなものを気にしてしまう僕は、自分に正直になる人生が思い描けなかった。「周りの目を気にする必要なんてない」という意気込みはあっても、やっぱり周りの目が気になるし、親のことも考えてしまう。親はきっと理解してくれると思うけれど、そこに濁ったものや(よど)んだものがありそうで、「悲しませたくない」という思いが勝ってしまう。だから、やっぱり打ち明けることはできないし、これからも打ち明けることはないだろう。でも、このまま進んでも、いずれ悲しませることになりそうで、どうすればいいか分からなくなっていた。  僕のことを肯定してくれる人が100人いたとしても、否定する人が1人でもいれば全てが終わる……大げさかもしれないけれど、そういう考えになってしまう。否定をゼロにするなんて現実的ではないと分かっているけれど、少数派ではなく多数派に立つことによって、自分に対する否定的な意見から遠ざかることは可能だと思っていた。肯定的な人がたくさんいるカテゴリにいれば、否定的な意見も気にならないと思っていた。だから、自分を偽りながら生きていくこともまた、自分を保つために必要なのかもしれない。世間が考える「多数派」に溶け込んで、そうした人生を追い求めていくことが無難なのかもしれない。だから、純くんと一緒の未来を描けなくなっていた。  でも、全ての関わりを断ち切るわけにはいかないのも事実。純くんから離れたとしても、自分の偽った人生に誰かを巻き込むことになってしまうから難しい。誰が悪いとか、何が悪いとかなんて思わないけれど、やっぱりどこか窮屈でどこか苦しかった。正解なんてないのかもしれないけれど、押しつぶされそうになるたびに、不正解なのかもしれないと思ってしまう。その感情をどうすればいいのか分からなかった。 「……なんか、その……色々と見切り発車しちゃったなって」 「…………」 「…………ごめん」  純くんが見切り発車してくれなかったら、僕らはここまで来ることはできなかったと思う。純くんが心のシャッターをこじ開けてくれなければ、ここまでの関係にはなれなかったと思う。だから、見切り発車は間違ってなかったと思いたい。ただ、発車したはいいものの、このまま走り続けていいのかという疑問が出てきてしまう。純くんの話を聞いていくなかで、そうした思いが強くなった気がする。行き着く先が見えてこないし、どこに向かっているのか分からない……先のことを考えると、このあたりに終点を設けたほうがいいのだろうか。
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