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「……もう一つ、話さなきゃならないことがあって」
「…………」
「……琉河のことなんだけどさ」
「…………へっ」
「…………いや、やっぱ何でもない」
僕の小学校の同級生、そして純くんの中学校の同級生……そんな琉河の名前が、この状況で登場するとは思わなかった。不意に登場した感じだったから、関連づけることができないし、どんな意味があるのかも分からない。ただ、何となくだけど、琉河に関連した何かを純くんが抱えていることだけは分かった気がする。
(…………あれ?)
そう言えば、この感じ……何かを言おうとして止める場面は、これが初めてではない。高校生の時も確かこんなシーンがあったと記憶している。たしか、「寝言?」と言われたあの日、花火を一緒にみたあの日。今回とイコールで結ばれる話だったのだろうか。
「はぁ…………最悪だ、俺」
「…………」
「何やってるんだ、ずっと」
「…………」
「……嘘ばっかり」
「…………」
嘘はよくないと思っていたけれど、その善し悪しだけで判断できないこと、判断してはいけないことがきっとある。もちろん、嘘を肯定するつもりはないけれど、嘘をついた理由とか、そこに隠された気持ちに迫ることで、本当のことが見えてくるのかもしれない。
<とにもかくにも、虚言多き世なり>
兼好法師は『徒然草』でそう言っていた。遠い昔の話なのに、今にも通用しそうなことを言っていた。いつの時代も「嘘」があって、そこには色んな理由や思いが隠されているのかもしれない。だから、頭ごなしに「嘘はいけない」と言うのではなく、行間を読むことを大切にしたい。そう思った矢先のことだった。
「…………もう、俺のこと忘れてほしい」
「…………」
「…………じゃ」
「…………へっ」
「…………」
2人を取り巻く空気が、静かに慌ただしくなった。助手席のドアが開き、その空気が周囲の山へと逃げていく。一瞬何が起きたのか分からなかったけれど、純くんの動きによって言葉の意味がじわじわと理解されていく。純くんはきっと歩いて帰ろうとしている。
「…………はっ」
出入口の方向へ歩いていく純くん。その後ろ姿を追いかけるように、慌てて車を飛び出した。普通であれば「歩いて帰る」という発想になんてならないし、歩くのが不可能じゃないとしても、純くんの家まで数時間はかかると思う。こんな寒い深夜に、しかも手を怪我しているのに……いや、そんな理由があってもなくても関係ない。純くんを止めなければいけない。
「…………じゅ、純くん」
「…………」
リズムが崩れているし、イレギュラーなことが起きているけれど……もう周りの目なんて気にしている場合じゃない。スポットライト効果が「効果」じゃなくなっていても、車内からこちらに視線が向けられていても関係ない。とにかく純くんを追いかけるのに必死だった。
「…………ここでいいから」
「…………で、でも」
「……いいから」
こんなに強く言われたのは初めてかもしれない。いつものような温かさも色もなく、すごく無機質な言葉に感じられた。その言葉が胸に突き刺さるけれど、ここで引き下がるわけにはいかない。
「…………純くん!」
「…………」
そう問いかけても一向に反応してくれる気配がない。でも、だからって諦めることもないし、引き返すこともない。こんなところで終点になってはいけない。純くんが歩き続ける限り、僕も歩き続けると心に決めていた。展望台の出入り口を過ぎて、山道を下っていく。
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