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「遥斗は彼女とどうなん?」
「…………えっと」
演技することを貫いていたわけではないけれど、奏冬には本当のことを伝えられないままここまで来てしまった。ただ、架空の彼女について話を膨らませることはすでに限界を超えていたし、何より奏冬に対する思いが変化した今は、どこかで正直に話したほうがいいだろうという思いもあっただろうか。
「……じ、実は別れて」
「えっ、そうなん?」
ただ、このタイミングではなかったような気がする。そもそも付き合ってすらいなかったのだから、そこから正直に話さなければいけないのに、結局は嘘をついてしまった。奏冬が彼女と別れたと知って、同じように僕も別れたと話してしまう……まるで何かを期待しているように。何かを確かめるように。落ち込んでいるように見えたから、寄り添ってあげようとしたなんて、そんな美しい理由ではない。僕は本当にどうしようもなかった。
「何で別れたん?」
「……いや、その」
覚悟はしていたけれど、奏冬から様々な質問が投げかけられる。でも、本当のことを話したいという気持ちが募っていくなかで、それを超える期待がずっとずっと居座ってしまう。その期待を実現させるために、何とか取り繕おうと頑張ってしまっている自分がいる。まるで、何かを引き出そうとしているかのように。ただ、そんなフィクションのような展開になるわけはなく、ほどなくして別の話題へと移り変わっていった。
「純也が別れたって話は知ってるん?」
「……えっ、いや、その」
「あいつも別れたってさ」
純くんも付き合っていることになっていたから、僕と同じようにそれをどこかで断ち切ったのだろうか。詳しくは分からないけれど、何となくあの日の出来事が関係しているような気がしていた。
ちなみに奏冬は純くんと同じゼミに所属している。だから、純くんとの関わりが途絶えてしまった今も、奏冬とのご飯を通じて、近況をさりげなく聞き出すことはできていた。2人のゼミが「火曜日ではないから」という理由もあるけれど、3年生になってからは大学で純くんを見かけることがない。奏冬の話によれば、どうやら純くんもバイトのシフトをたくさん入れているらしい。授業を受けたりゼミに参加したりする以外は、バイトに勤しんでいるようだった。
そこにどんな理由があるか分からないけれど、何となく僕と会わないようにしているんじゃないかって思ったりもする。下手に顔を合わせるよりはいいのかもしれないけれど……果たしてこのままでいいのだろうか。そんなモヤモヤした気持ちが募っていく。
「遥斗もまた彼女作るっしょ?」
「…………」
「俺も頑張るわ」
普通の会話かも知れないけれど、僕にとっては普通ではなかった。きっと純くんも似たような言葉をかけられたと思うけれど……どう反応したのだろうか。
「マーボー麺、うまっ!」
「…………」
やはり、奏冬には届かない何かがあるし、越えられない何かがある。落ち込んでいたら慰めてあげたいって思うけれど、その役割を担うのは僕じゃないって思うことが多い。そもそも「僕に何ができるのか」って考えると、あまり前に出すぎないほうがいいような気がしていた。周りの人は、自分で何とかできる強さを持っているように見える。演奏楽曲の変更を容易にできるように見える。奏冬もまた、一瞬だけ落ち込んでいるように見えたけれど、すでに切り替えているような感じ。僕も奏冬のように切り替えられるようになれたら……彼の姿を目の当たりにして、そんな思いが込み上げてくる。
「えへっ、うへっ……」
「気合い入りすぎだって」
マーボーってこんなにも刺激的だっただろうか。美味しさを求めようとしたのに、勢いよく掻き込みすぎて思わず噎せてしまった。口に残る痛さが、何かを物語っているような気がしてならない。その痛みが美味しさに変わる日は来るのだろうか。
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