Ⅶ ジョハリの窓

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「…………ん?」  ものすごく不思議だけど、何もない日は本当に何もないのに、何かある日は、そこに色んな出来事が折り重なったりする。誰かのことを考えると、その人から連絡が来るような感じ。誰かと会うと、それにつられるように他の誰かと顔を合わせるような感じ。人が人を呼んだり、引きつけたり、連鎖したり……人の関わりは不思議なものだなぁと感じていた。そして今、そんな状況が目の前で起きようとしている。 (…………)  見知らぬ番号からの着信が鳴り続けていた。はじめは気づかないフリをして様子を見つつ、再び着信があったら出ようと思っていたけれど……1回目がなかなか終わらない。鳴りやまないスマホを目の当たりにして、少しずつ色んな可能性を考えてしまっていた。 「……も、もしもし」 「遥斗、俺だよ俺」 「…………」  緊急を要する電話だったらいけない……そんな思いから、恐る恐る電話に出てみる。ただ、相手に緊迫した雰囲気がないことを感じて、張り詰めていたものが一気に解放された。声を聞いて、何となく誰かということも分かってしまう。 「分かる?」 「……えっと」 「俺だよ俺、琉河」  「俺だよ俺」って、詐欺じゃないんだから……心の中でそんなツッコミを入れるくらいの余裕も生まれていただろうか。こうして電話をするのは初めてだけど、もう何度も電話をしているような、そんな安心感に包まれていた。 「純也から連絡先聞いてさ」 「……そっか」  どういう経緯で連絡先を知ったのかは、何となく予想できていた。琉河は僕らが一緒の高校だって知っている……そんな言葉に引っ張られるように、きっと純くんから聞いたのだろうと思っていた。 「今さ、大通りにいるんだけど」 「……へっ」  話を聞き進めていくと、どうやら教育実習のためにこっちへ来ていたらしい。僕らがかつて住んでいた町、琉河と純くんが通っていた中学校で2週間ほど実習を行っていたようだ。在来線から新幹線に乗り換えるために、この町を経由しなければならないことは分かるけれど、わざわざホテルに泊まって明日の新幹線で帰る必要があるのだろうか。僕に……いや、僕らに会うために、そうしてくれたのだろうか。そもそも、大学3年生で教育実習に行くことってあるんだろうか。 「場所は分かるっしょ?」 「……う、うん」  集合場所に指定されたのは、純くんがバイトをしている居酒屋。人がたくさん集まる大通りは苦手だから、あまり行きたい場所ではなかった。それに「初めて」を開拓することだって大きなエネルギーがいる。周りからしたら何気ないことかもしれないけれど、相当な覚悟が必要だし、とにかくクリアしなければいけない課題が多かった。ただ、普通なら逃げそうになる状況かもしれないけれど、今日の僕はちょっと違う。何となくだけど「仕事終わりだから」という理由も大きいかもしれない。仕事モードのせいか、いつもと違う自分が顔を出している感じでもあった。  いや……根本にあるのは「好き」という感情なのかもしれない。「好き」という感情を抱いてしまう他者の存在なのかもしれない。「誰かのために一生懸命になれること」とは、また違った感情。大切な人のためなら、自分を大切に思ってくれる人のためなら、きっとどんな状況であっても一生懸命になれてしまう。大げさかもしれないけれど、どんなに恐怖心があろうと、傷つくことが分かっていたとしても、命を懸けて飛び込んでしまうと思う。  リスクを省みずに僕をここまで突き動かせるのは、たぶん「好き」という思いしかないし、僕にとっては「好き」以外に何も勝るものはない。一人でも生きていけると思っている自分に、そんな感情があることに驚いてしまう。他人事のようだけど、「好き」という感情は本当にすごいと思ってしまう。それがどんな形の「好き」であっても、届かなくても……やっぱり大切にしたかった。僕を突き動かすエネルギーとして、自分が走り続けたいと思う限りは。 「じゃ、待ってっから」 「…………うん」  久々に琉河と会いたかったし、純くんにも会いたい。色々と考えてしまったけれど、そんな思いを携えながら、家とは反対の大通りへ急ぐ。
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