Ⅷ ウィンザー効果

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Ⅷ ウィンザー効果

「あいつは自分のミスで負けたって言うけどさ」 「……うん」 「まぁ、ほら……色んなプレーが絡んでたのさ」  琉河の話をじっくり噛みしめていくなかで、これまでは見えなかったものが少しずつ明らかになってきた。中学2年の時に、怪我をした先輩に代わって純くんがレギュラーメンバーに選ばれたこと、先輩たちにとって最後の試合でミスをしてしまい、優勝候補と言われていたチームが負けてしまったことは知っている。てっきりPK戦で外してしまったとか、そういうミスかと思っていたけれど、どうやらクリアミスが失点に繋がってしまったらしい。  純くんのポジションはミッドフィルダー。ディフェンダー寄りの役割を担うポジションで、ボランチと呼ばれるものだと本人が前に話していた。ボランチはポルトガル語で「ハンドル」という意味があるように、チームの舵取りを担う重要な役割。2年生でそのポジションを務めることは、きっと大きなプレッシャーだったに違いない。  純くんの性格なら、それが決定的なミスじゃなかったとしても、自分のせいだと思い込んでしまうような気がする。その試合を境にサッカー部の友達と距離を置くようになったこと、最後までサッカー部に戻れなかったこと……そこまでは知っているけれど、それ以上のことやその先のことまでは聞いたことがなかった。 「部活引退してから、純也と一緒に帰るようになって」 「……そっか」  クラス替えもなかったため、中3になってからも特に何かが変わることなく時間が過ぎていったようだ。ただ、部活を引退してからは、2人で一緒に帰ることも多くなったらしい。思えば、純くんは自分が殻に閉じこもってからも、琉河が毎日のように絡んできてくれたと話していた。「待ってるよ」とか「戻ってこい」とか……そういうサッカー部に関する話題を持ちかけるわけではなく、とにかく他愛のない話ばかりしてきたと言っていた。僕はその場にいなかったけれど、琉河がどんな感じで絡んでくれたのかは何となく想像できる。 「もともとは、同じ高校に進学する感じだったけどさ」 「……うん」 「なんか、引っ越すって話になったみたいで」  お父さんが単身赴任していたこともあり、純くんの高校入学を機に、この町へ引っ越してきたことは知っていた。ただ、琉河の話によると少しニュアンスが違うようだ。お父さんが単身赴任していたことは事実だけど、純くんが引っ越す予定はなかったらしい。地元の高校へ進学するような話をしていたものの、急に路線変更するような感じだったようだ。 「まぁ、サッカーのことで色々あったからさ」 「……うん」 「分からないでもないかなぁって」  自分が純くんの立場だったとしても、引っ越すという選択をするかもしれない。何かが起こると「もうここにいられない」とか「リセットしたい」みたいな思いを抱くことって多い気がする。僕のことを誰も知らない世界に行きたいと思ったりもする。僕の場合は単なる「逃げ」みたいな感じだから、純くんとはちょっと違う気がするけれど……何となく分かるような、分かってあげたいような気がした。  琉河に申し訳ないとか、そういう理由ではない。ただ、高校入学と同時に引っ越すことが決まって、もう一度サッカーと向き合おうって思った。純くんはそんなことを話していただろうか。琉河の話も踏まえると、純くんはもう一度サッカーと向き合うために引っ越したという見方ができるのかもしれない。引っ越すことが決まったからサッカーと向き合おうとしたのではなく、サッカーと向き合うために引っ越すことを決めた感じ。琉河に対する思いもきっとどこかにあって、それを自分なりに消化するための選択だったのかもしれない。  「引っ越すほどなの?」って思うかもしれないけれど、あの町には高校が数校しかない。近隣の地域を含めても、同じ中学校出身の人や同じサッカー部出身の人が高校で顔を合わせる可能性はかなり高いと思うし、かつてチームメイトだった先輩もたくさんいるはずだ。それが「心強さ」を生み出すことだってあると思うけれど、純くんのような場合はきっと真逆に作用してしまう。
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