Ⅷ ウィンザー効果

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「帰ってる時にさ、遥斗の話になったことがあって」 「……へっ」 「星越くんはどこの高校に行くんだろうってね」  純くんが引っ越す町=僕が住んでいる町という話の流れで、ふと僕の話題を切り出してきたことがあったそうだ。中学校でも琉河が僕のことを楽しそうに話していたなんて言っていたけれど、純くんまで僕のことを登場させているとは思わなかった。はじめは何気なく口にしたように思えたものの、その後も何度か僕の進学先の話題を振ってきたらしい。 「あいつ、遥斗と同じ高校行きたいのかなって」 「…………」 「だから、おっかあに聞いてみようか? って言ったのさ」 「……うん」 「そしたら、何かすごく嬉しそうで」  お母さんを「おっかあ」と呼ぶ琉河に懐かしさを感じつつ、頭のなかでは(しき)りに推理が行われていた。僕の中学校での経験を踏まえると、純くんの思いや意図は何となく分かるような気がする。 「で、聞けたらでいいって純也に言われて」 「……うん」 「俺が聞いてたってことは言わないでほしいって」 「……へっ」 「星越くんは、俺のこと知らないと思うからって」  中学校になって学区が多少変わったとしても、同じ小学校だった子と一緒になるケースは多い。僕が通っていた小学校も、おそらく9割近くは同じ中学校へ行く感じだったと思うから、父親の転勤で引っ越すことが決まった時には、とにかく寂しかったし、とにかく不安だった。そこから知っている人がいない状況を目の当たりにして、とにかく心細かったことを覚えている。    高校は進学先の選択肢が広がるから、友達と離れてしまうことも多いのかもしれない。ただ、僕らがかつて住んでいた町やその周辺にある高校の数を考えるとどうだろう。ある程度は分散されるかもしれないけれど、同じ中学校の人が全くいないなんて状況は考えにくい。だからこそ、純くんは引っ越しを決めたんだと思うけれど……そうは言っても、誰も知らない高校へ行くことは不安だったと思うし、心細かったはずだ。きっと、中学時代の僕と同じように。 「んで、遥斗は北高行くらしいよって聞いて」 「…………」 「あっ……北高って、こっちの北高ね」 「…………う、うん」 「で、それを純也に伝えて」  作り上げてきたものを手放すこと、まっさらな環境に飛び込んでいくこと、0から軌道に乗せていくこと……その一つ一つには難しさがあると思う。ただ、0が1になるだけで、目の前に広がる世界は変わるのかもしれない。純くんが僕を一方的に知っていただけかもしれないけれど、「サッカー」という2人を繋ぐものがあった。僕らを繋ぐ「琉河」という人がいた。  勝手な想像ではあるけれど、僕と同じ高校に入れば、サッカー部で一緒になれるという思いがあったのかもしれない。それによって、不安とか心細さを少しでも和らげたかったのかもしれない。0を1にして、スタートを切るための力に変えたかったのかもしれない。僕なりの推理はこんな感じ。それが正しかったとしたら、サッカー部じゃなくて申し訳ない気持ちはあるし、結果的に高3になるまで出会えなかったけれど……その状況やタイミングだったからこそ、僕らの“今”があるような気がしている。少しでも何かがズレていたら、こういう展開にはならなかったような気がする。純くんの願いを叶えることはできなかったけれど、それはそれでよかったのかもしれない。
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