Ⅷ ウィンザー効果

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「……と、ところでさ」 「ん?」 「なんで、琉河のお母さんは」 「うん」 「僕が北高行くって知ってたんだろう?」 「あ~、メールで遥斗の母さんに聞いてもらったから」  降り積もる疑問が、琉河の言葉によって嘘みたいに解けていく。ただ、その代わりとも言える疑問が勢力を強めていく。僕らが仲良しだったこともあって、親同士もそれなりに関わりがあったとは思うけれど……引っ越してからは、せいぜい年賀状のやりとりくらいだろうと思っていた。僕の知らないところでメールのやりとりをしているとは思わなかった。 「まぁさ、最初は教えてもらえなかったみたいで」 「……へっ」 「あまり話さないでって」 「……」 「そう本人に言われているから、ごめんなさいって」  そういえば、母親に「僕のことを話すな」なんて言ったことがあった。たしか中学生の時、年賀状に僕の近況を書いているのを見てしまったことがきっかけだったと思う。別に僕が不利益を(こうむ)るような内容が書かれていたわけではないし、特に当たり障りのない内容だったはずだけど……中学で殻に閉じこもってしまった自分としては、どんな話題であれ、僕のことに微塵(みじん)も触れてほしくなかった。その約束を母親が守ろうとしてくれていたことを知って、嬉しいような申し訳ないような思いが込み上げてくる。 「ただ……何となく『そうですか』とはならなくて」 「…………」 「同じサッカー部だったのに何もできなかったし」 「…………」 「せめて最後くらいは、純也のために何かしたいかなって」 「…………うん」 「あいつ、嬉しそうだったから」  お母さんの携帯を借りて、琉河はわざわざ僕の母親に向けてメッセージを打ったらしい。「遥斗くんと同じ高校に行こうかな」と考えている友達がいることを伝え、教えてもらえないか交渉したようだ。その友達にしか話さないことを約束し、いつか自分から説明するから、遥斗くんには秘密にしてほしいとも説明したらしい。 「だから、遥斗に謝らないと」 「……いや」 「勝手なことしてごめん」 「そ、そんなことない」  当時の僕だったら、メールでそんなことを話しているなんて知ったら、ものすごく怒ったに違いない。「反抗期」だったのか分からないけれど、僕なりに怒りまくったと思う。琉河の友達で、なおかつ僕を知っている人ならば、きっと僕の小学校時代を知っているに違いない。そんな人が、僕と同じ高校に行きたいと思っているなんて知ったら……きっと、志望校を変えていたと思う。まさか、純くんのような僕を一方的に知っている人だとは思わないから、とにかく「変わってしまった自分を知られたくない」という一心で、逃げまくったと思う。  だから、今日まで知らなくて本当によかったと思うし、秘密にしてくれたことに対して、今は「ありがとう」の気持ちしかない。僕の知らないところで琉河が行動を移してくれなかったら、母親が折れていなかったら、きっと純くんと高校で出会うことはなかったはずだ。もちろん、成績状況を見て志望校が直前で変わることもあるし、受験したところで合格できるとは限らない。高校入試前最後の実力テストが散々だったから、12月の三者面談で志望校をどうするかなんて話も出た。結局は親や担任が「現状維持」の方針を示したから、それに乗っかる形だったと思う。  高校の志願倍率も1.30倍を超えていて、たしか100人くらい落ちる計算だった。試験も面接も散々だったことを考えると、もしかしたら1点差で合否を分けるような位置にいたのかもしれない。そう考えると、何となく「空欄を作らない」という担任の言葉が生きたような気がしてきた。本番も全く分からない記述問題があったけれど、とにかく何かしら書いた記憶がある。塾で採点をしていると「この言葉があれば加点」「この言葉がなければ減点」みたいな採点基準があって、実際に何点かもらえることもあるから、書いていてよかったのかもしれない。  僕らは色んな偶然が重なって出逢えたのかもしれないけれど、そこには偶然を必然や運命に変えてくれた人がいるんだということを知っていく。そういう意味では「出逢えた」というより「出逢わせてくれた」という表現のほうが正しいのかもしれない。 「遥斗の母さんにも謝らないと」 「……なんで?」 「無理やり聞き出してしまったから」  母親が僕との約束を振り切って折れた理由。色々あると思うけれど、僕と仲良しだった琉河から直接お願いされたことが大きいと思う。そして何よりも、その理由が決定打になった感じだろうか。両親からは何も言われたことがないけれど、きっと引っ越してからの僕の変化に気づいていたはずだ。殻に籠ってしまった僕を見て、何かを感じていたはずだ。だから、「遥斗くんと同じ高校に行こうかな」と考えている友達がいることに、色々と思うところがあったのかもしれない。推測でしかないけれど、そんな気がしている。志望校を変えずに現状維持を示してくれたのも、そうした出来事が絡んでいるような気がする。  当時の僕だったら、約束を守ろうとしても「最終的に教えてしまったら意味がない!」と言い放っていただろう。そして、母親に強く当たっていたに違いない。ただ、「僕のことを話すな」なんて言ったものの、今は話してくれたことに対する「ありがとう」の気持ちしかなかった。当時とは真逆の思いしかなかった。「何を言ってるんだ」ってツッコまれそうだけど、いつか母親にちゃんと謝りたい。
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