1 邂逅

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1 邂逅

「おーい、進路調査票を配るぞ」  高校3年生になって3ヶ月。部活を引退する人が増え、クラスにも本格的な受験モードの空気が漂い始めていた。 (……僕は将来どうなるんだろう)  担任に配られた用紙を眺めつつ、どこか他人事のように考えてみる。いつしか「夢」や「目標」という言葉が遠ざかっていき、何がやりたいのかも、どこに向かいたいのかも分からなくなっていた。  思えば、この高校に入ったのも自分の意思ではない。決めたのではなく、他者の助言を鵜呑(うの)みにしただけ。中学の先生や家族が示してくれた道を、何も言わずに歩いてきただけに過ぎない。 「第3志望まで書くようになってるからな」  いや、「歩く」という表現は少し違うだろうか。ずっと立ち止まっているけれど、時間だけが進んでいくような、周りの景色だけが変わっていくような感覚。この景色に存在するのは、僕のように見えて、きっと僕じゃない。  とりあえず、大学か専門学校に行くのが無難だろう。何となく「とりあえず」って言葉を使ってしまうけれど、考えれば考えるほど、その意味が自分でも曖昧(あいまい)になっていた。そう分かってはいるけれど、とりあえずの結論を携えながら、今日も静かに帰り支度を始める。 「月曜日に回収するから、忘れないようにな」  帰宅部だったはずの僕は、いつしか寄り道をすることも多くなっていた。高3になって、帰宅部ではなく道草同好会に転部したような感じ。母親に勉強や進路のことで口を出されるのが嫌で、あまり家にいたくなかった。  道草同好会の部室は、駅西口にある複合施設3階の図書館。以前はそこで勉強したり、本を読んだりしながら過ごすことも多かった。人混みの多いところや騒がしいところが苦手な僕にとっては、この上ない環境だと思っていたけれど……やがて、静か過ぎる場所も苦手だということに気づかされていく。人の話し声や足音が程よく聞こえるぐらいがちょうどいいことに気づかされていく。  そんな理想を叶えるべく見つけたのが、図書館の外にある休憩スペースのような場所だった。自動販売機の前を通り過ぎると、ガラス張りの壁に沿って長方形のテーブルとイスが置かれている。ここで勉強をしたり、本を読んだりすることはもちろん、少しずつ日が暮れていく様子や変わりゆく町の表情を眺めているだけでも楽しい。自分でも面倒くさい人だと思ってしまうけれど、これが道草同好会として行きついた結論だった。  図書館が飲食禁止ということもあり、この自動販売機を利用する人はあまりいない。ここで飲み物を買うぐらいなら一階にあるコンビニへ行こうと誰もが思うはずだし、わざわざここで休憩しようなんて発想にはならないと思う。少し奥まった場所にあるため、人目を気にしなくていい点も評価が高い。僕の理想を満たす特別な空間……新たな「部室」というより、誰にも教えたくない「秘密基地」みたいな場所だった。
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