Ⅳ テンション・リダクション

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 断ったら、小野寺さんが傷つく。ただ、仮に付き合ったとしても、いずれは相手を傷つけてしまうし、そのほうが深い傷になるはずだ。だから断ればいいと分かっているのに、何かと理由をつけて引っ張ろうとしている自分がいる。本当に僕はどうしようもなかった。 (……ダメだ、ダメだ)   「傷つけたくない」という思いを少しでも先延ばしできるのなら、いっそ付き合ったほうがいい。そう思っているのは、きっと表向きの理由。小野寺さんのためと見せかけて、違うところに向いてしまっている気がしてならない。小野寺さんとは関係ない周りのことや、自分のことばかりに目が向いてしまっている気がしてならない。  そんなことない、そんなわけない……自分ではそう信じているけれど、純くんの存在が見え隠れしていたし、どこかに青地くんの存在もいるような気がする。それらをかき消そうと必死になっている時点で、小野寺さんのことを一番に考えていないことは明白だった。  本当に僕はどうしようもないけれど、断り方が分からないのも事実。ただ一言「ごめんなさい」でいいのかもしれないけれど、それだけではダメな気がしていた。その場では結論を出せず、小野寺さんにはまだ返事できていないけれど、相手を待たせてしまうことだって本当はよくないと分かっている。ただ、見つからないかもしれないけれど、絶対に傷つけない断り方をもう少しだけ探したい。 「じゃあ、今日の講義はここまで」  せっかく夏休みの集中講義を受けているのに、全くと言っていいほど集中できていない。ただ教室へ行って、ただ座っているだけ……もはや、出席しているのか自主休校しているのか分からない感じ。塾で働くようになってからは、どこか教授の視点で物事を考えることが多くなったように思う。真面目に授業を受けているように見せかけて、全く頭に入っていない。そんな学生がいたら教授はどう思うだろうか。実際は、テストでもしない限りそれに気づけるわけはない。最後に困るのは僕だから、結局は自己責任でしかないはずだけど、一生懸命教えたのに相手が聞いてすらいなかったら……すごく申し訳ない気持ちが込み上げてくる。 (……今日の夜には結論を出そう)  この状態のまま、塾で小野寺さんと顔を合わせるのは気まずい。いや、断ってから顔を合わせることも気まずいと思うけれど、とにかくこれ以上待たせてはいけないという気持ちが強かった。いつもよりも少し足早にエントランスを飛び出し、駐車場へと向かっていく。夏と秋が入り混じる空気が、夜とは違った味わいを醸し出していた。 「おーい、遥斗」 「……!」  うろこ雲と積雲が共存する空に、聞き慣れた声が吸い込まれていく。何となく誰かと一緒にいたかった僕にとっては、願ったり叶ったりの状況だったかもしれない。 「授業?」 「……うん、集中講義で社会心理学とってて」 「そっか。俺はテニスしてたんよ」  まさか、夏休みなのに青地くんに会えるとは思っていなかった。少し日焼けした肌に、マリンブルーのテニスウェアが眩しく映えていた。 「今日バイト?」 「いや……今日は休み」 「じゃあさ、飯食いに行かない?」 「うん」    何度経験しても、胸が弾んでしまうような展開。初めてご飯に行ってから、もう1年以上が経つだろうか。あの時は、青地くんにお金を借りる形になってしまったことを覚えている。
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