2 心奥

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「父さんが単身赴任しててさ」 「……うん」 「俺の高校入学を機に、引っ越すことになったんだ」  純くんは、僕の反応を一つ一つ確かめるように、静かに話を続けた。高校入学と同時に、僕がかつて住んでいた町から、僕らが今住んでいる町へと引っ越してきたらしい。それだけでもすごいはずなのに、僕らは同じ高校に入学し、高3には同じクラスになっている。  「運命」とか「奇跡」って、本当は軽々しく使う言葉ではないと思うけれど……そう言いたくなってしまうぐらい、すごいことだと思わずにはいられなかった。 「高3で同じクラスになって」 「……うん」 「それで『星越遥斗』って名前を聞いて」  新クラスの自己紹介で僕の名前を聞き、純くんは思わず反応してしまったらしい。一瞬だけ同姓同名かもしれないと思ったものの、珍しい苗字ということもあって、サッカー大会で見た「星越遥斗」だという確信を得たようだ。 「ただ……今なら言ってもいいかな」 「……」  純くんは、少し何かをためらうように言葉に詰まる。一瞬にして空気が変わったような気がして、緊張感のようなものが体じゅうを(ほとばし)っていた。 「琉河から聞いていたイメージとは……その……違うような気がして」 「……」 「気を悪くしたらごめん」  僕は首を何度も横に振った。確かに小学校と高校では全く別人であるかのように、何もかもが正反対になってしまっている。それは自分でもよく分かっていた。  純くんは、小学校時代のことを僕に直接聞いて確かめたかったらしい。ただ、琉河が話していた人物像とかけ離れていたこと、僕が「関わるな」「話しかけるな」オーラを出していたこともあって、なかなかタイミングが掴めなかったようだ。 「やっぱ違う人だったのかなぁって思ったんだけど」 「……」 「体育の授業でサッカーしてる遥ちゃんを見て」 「……うん」 「やっぱそうだってね」  秘密基地で純くんと初めて出逢う数日前。体育の授業でドリブルのテストがあったときに、その球さばきを見て「同姓同名の別人なんかじゃない」と確信したらしい。秘密基地で初めて顔を合わせた日に、純くんは小学校時代のことを聞くチャンスだと思い、勇気を出して話しかけたようだ。ただ、僕の素っ気ない反応をみて、聞くのをやめたという。 「引っ越したあとに、遥ちゃん何かあったのかなぁって」 「……」 「いや、話したくないなら全然スルーでいいんだけど」 「……うん」  純くんの読みは当たっていた。初めての会話で、いきなり過去の話を持ち出すことはやめたほうがいいと直感的に思ったらしい。関係性をしっかり作ってからでも遅くないという思いで、僕に心を開いてもらえるように一生懸命声をかけてくれたようだ。 「何というか……その」 「……」 「守ってあげたいというか、守らなきゃならないというか」 「……へっ」  誰かを守りたいという気持ち……それは単なる優しさだけで生み出されるものなのだろうか。純くんの優しさとして受け取るべきなのか、それ以上の意味が隠されているのかは分からない。ただ、その言葉に触れて、自然と何かが解放されていく。純くんになら、話してもいい……これまでのことをありのままに話そうと心に決めた。
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