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母が優しい声と笑顔で苛立つ父をなだめる。
「お父さん、お母さん、ごめんなさい……。今度から気をつけます」
「これからひとりでの外出は学校へ行く時だけだ。それも終わったらすぐに帰ってくるんだぞ」
「はい、わかりました……」
「まあまあ、お父さん。あっ、そうだわ、あの男の子があかねに、って手紙を置いていったのよ」
母は小さくはにかんでエプロンのポケットから一通の封筒を取り出す。洒落っけのない茶色い封筒。
しおんくんがこの家を訪れたのは手紙を渡すためだったのだろうか。中身はなんだろう。
儀式のように明かりに透かしてみたり、振ってみたり、匂いを嗅いでみたりするけれど、無機質なその封筒にはラブレター的な要素はなさそうだった。
さっそく、封筒を開けてみると、便箋ではなくルーズリーフが一枚、折りたたまれて入っていた。なんだろう。ぱらっと広げて見ると、簡単な文章が書かれているだけだった。
まるでただの伝言だ。こんなこと、口でいえばいいのにとあかねは思う。
『明日の放課後、学校でやっている『誓いの鐘イベント』でいいものが見れるんだ。だから絶対、来てくれないか。
あなたの 高槻 しおん』
なに、これ…………。
最後についた『あなたの』が思いっきり警戒心を湧き起こさせる。
けれどもこの手紙のあるなしに関係なく、あかねの気持ちは決まっていた。なぜならあかねにとって『誓いの鐘イベント』は今ある数少ない娯楽のうち、最も楽しみにしているものだからだ。
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