あいつはご遠慮願いたい

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 ソファーでは父が眉間にしわを寄せテレビをにらんでいる。連日連夜の仕事のせいか疲れが溜まっているのだろう。その顔はひどくやつれたように見える。  台所では母が夕食の支度中。いつものようにピーラーの規則正しく皮を削ぐ音と、湯気を噴き出すやかんの悲鳴が聞こえてくる。 皆、なるたけ普段通りの生活を最後まで守ろうという、美徳にも似た努力をしている。煌々と炎がゆらめく暖炉の前にいるのに、あかねの心は冷えきっていた。 「――地中海沿岸の被害は甚大です。現在、ヨーロッパの各地域では北欧の一部を除き国政は壊滅的です。気温は七十度に達し、国民のほとんどは生存の見込みがありません。主な原因は熱中症、脱水症、犯罪および内紛による死亡です。また気温が上昇中の米国に対して、カナダが移住を受け入れていますが収容可能な人数は三千万人程度にしか過ぎず――」  地球の向こう側は日本の未来予想図を示していた。それでも日本は世界の終わりを迎えても、犯罪がほとんど起きていない国と賞賛されている。  その理由は、とある人気番組のおかげだった。 テレビの画面にはマイクを手にして、笑顔を浮かべた若い女性のキャスターが姿を見せた。お茶の間のアイドル、東堂(とうどう)冴子(さえこ)さん。ワンレンのロングヘアーにぱっちりした二重の美人。  あかねはぼんやりと画面を眺めて思う。 あの人は今までにどれだけのロマンスを経験しているんだろう。あたしもこんな美人だったら、きっと恋のひとつやふたつ経験できていたのになぁ。 恋を知らずに終焉を迎える虚しさがあかねの胸に去来する。 「皆様のお楽しみ、『アズ・ユー・ライク』のお時間がやってまいりましたぁ」  世界の終わりを目前に控え、国民の楽しみになったこの番組は、犯罪を抑止するための政策のひとつとして設けられた。  それはごくシンプルなもので、「犯罪者の裁きは被害者およびその親族など、裁きを希望する者に委ねる」。そして、「その後の処遇を番組で公開して良い」というものだった。
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