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頬を抑えた手を彼女の足首へ伸ばすと、スッと引かれた。もう一度見上げると、ああ、嫌悪ってこういう表情なのか、と。今まで生きてきた中でこんな顔を向けられたことなんかない。
彼女は左手をあげた。その手には黒い機械が握られている。彼女の手にもすっぽり収まるくらいの小さなそれ。かちりとスイッチを押すと、湿っぽい喘ぎ声がリビングに充満した。
彼女の隣に裸の女が見えたような気がした。鼻から下からしか思い出せないあいつの、張りのある巨乳と締まった肢体。罪深く乱れた髪。彼女の顔はこんなにもはっきり見えるのに、うろ覚えのあの女のために彼女を失うのか。
「これ、バックアップ取ってあるから。いるならあげる。私からの最後のプレゼント」
彼女はそのまま、手を開いた。音を弾けさせて床に叩きつけられるボイスレコーダー。何故かそれを奪うように拾ってしまう。そのうちに彼女はカバンを持って玄関へ。
慌てて立ち上がって追いかけるが、また不意に振り返って彼女は腕を突き出してくる。胸を押されて、手の感触とは違う何かに気が付く。見ると、封筒を押し付けてきていた。
彼女が受け取りも確認せず手を放してしまうから、封筒が落ちてしまった。そんなもの拾う前に、どうして追わなかった。どうして彼女の手を掴まなかったか。
律儀に拾って確かめるまでもなく、緑の紙が入っていたのはわかっていたはずなのに。ただ、弁護士の名刺が同封されていたのには、驚いた。
動揺しているうちに彼女は玄関の外へ。
ハッとして裸足のまま飛び出すと、突き当りのエレベーターが下へ降りていくところだった。なんてタイミングでそこにあったんだ。
冷えたコンクリートを踏みしめながら階段を駆け下りる。
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