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「知ってる。これは…そうだ、取り引きをしないか。俺は青梅が鍵を勝手に持ち出して屋上にいたことを黙っててやる。そのかわり、お前は俺の一服を邪魔しない…なんてな。吸わないよ、咥えるだけ」
「なにも言ってないけど」
「じゃあ吸っていい?」
「勝手にすれば」
残照はあるものの、ライターの炎がしっかりと見えるくらい辺りは濃紺に包まれていた。
水平線の向こうへ行けば、そこではまだ太陽が輝いているのだろうか。青梅がぼんやりと考えている隣で、理科教師は満足そうに紫煙をくゆらせる。
「…教師って楽しい?」
「敬語」
「ですか」
「くっそつまんねぇ」
「へえ」
「朝が早くて労働時間半端ねえし、生徒は生意気で保護者は怖えだろ、あと教頭は使えないしな」
「辞めればいい」
「簡単に言うなよ、給料もらえないと生活できないじゃないか」
「金か」
「金だよ。一億円当たんねえかなぁ。今年さ、宝くじ買ったんだ。なぁ、もし一億円あったらなにする?」
「考えたことない」
「考えろよ」
「なんで?」
「楽しいだろう。ハワイ行きたいとか、回らない寿司を食べたいとか、スポーツカー乗りたいとか、いろいろ考えてると夢があってさ」
「…興味ない。ハワイも寿司も車も」
青梅には叶わない夢について考える意味がわからない。
「人生にも興味なさそうだな」
四角い車窓を連ねた電車がガタゴトと薄墨色の町の間を走っていく。
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