百億光年先のガガーリン

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出張当日。 移動用のワープ船に乗り込み、論文を手がけていたが、ひとつの章も書き終えない内に目的の星に着いてしまった。 青い星の衛星軌道から離れたところに陣を据えてからしばらくして、生命科の新人のひとりがその星に関する第一調査報告を挙げてきた。 生物解析に特化したプログラムを搭載したロボットがある為、言語や体の仕組み、交配の方法などといった外面的な情報を得るのにそれほどの時間はかからない。 青い星は、その星で唯一多様な言語を操る生物から『チキュウ』と呼ばれていた。 我々はプログラムが採番した無機質な呼称しか持っていなかったので、それに習ってチキュウと呼んだ。 「チキュウはまだ星間移動の技術を持ってませんね。」 新人らしい報告だな、と思う。 その星に住む生物が、星間移動の技術、もしくはそれに繋がる技術を保有しているとあれば、無人宇宙探査船の自律思考プログラムからアラートが送られる仕組みになっているのは、ここにいる科学者の大半が知っていることだ。 指摘するのも面倒臭く、私は続きを促した。 「それどころか、一種族のみが繁栄していて、その個体数も飽和状態にあります。種族平等という宇宙基本法の原則にすら背いてますね。」 またか。わざわざそんなことは報告しなくてもいい。 宇宙基本法の適用すら認められていない原始的な生物しかいないのは初めから分かりきっていることだ。まぁ、分かりきっているからこそ研修材料に適しているわけではあるが。 私は、その原始的な生物の生活や価値観、宗教といった文化的な観点を交えた上で今後の進化予測を立ててみてはどうかと助言した。 しかし新人は、チキュウに目をやりながら小馬鹿にした様子で吐き捨てた。 「でも、まだまだ歴史の浅い星ですからね。なんせ未だ同じ星に住む同種族間で兵器を使用した殺し合いをしている。宇宙基本法の原則以前の倫理観ですよ。今の宇宙じゃそんな野蛮で稚拙な種族は滅多にいない。そんな生命を取り上げて、良いレポートが書けますかね。」 ため息をつく。体の中の空気が背中の気口から漏れて髪を揺らした。 しかし、生意気を言いたくなる気持ちは分からなくもない。もっとも彼のような新人が、それを口にするのはいただけないが。
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