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「ああ、仕入れ伝票の確認を手伝ってもらってたんだよ」
雅美にも涼にも公認である二人は、恋人としての行為に特に遠慮はしない。甘いマスクでさらりとした清潔感のある黒髪は、ふとしたらモデルでも通用するような風貌。顧客の多くはマダムが多く、その甘いマスクで婦人たちの心を虜にしてしまうのだ。
滑らかな低い声は官能を刺激するのに十分な程で、耳元で囁かれたら大抵の女性は落ちてしまうかもしれない。柔らかく微笑んだ彼はソファーに座っている優斗の隣に腰を下ろした。
「待たせて悪かったね」
そう言いながら右手で優斗を引き寄せて頭にキスをした。拗ねていた表情をしていた彼も少し頬を赤くしている。
「ま、いいけどさ」
二人のやり取りを見ていた涼は両手に拳を握り締めて、あからさまに顔に嫉妬を表していた。分かっているのだ、二人が恋人同士である事は。
それでも。
涼の薫への想いは消えた訳ではない。普通に話しているのを見るのは平気だったが、目の前で触れ合う姿を見るのは、今でも心を引き裂かれるような気持ちになってしまう。
見せ付けてやっている訳ではないと分かっていても、二人一緒にいるところはあまり見ない為、嫉妬を抑えるという事に慣れていない。
「どうでもいいけど……あんまりいちゃつかないでほしいな」
茶化しながら優斗の向かいに腰を下ろした雅美は、横目で涼を見て口の端をいたずらに吊り上げた。あからさまな態度の涼を見て助け舟を出したのか。それとも単純に目の前でベタベタされるのが嫌だったのかは分からないが、雅美の一言で二人は向き直った。
「ねぇ、涼くん。この辺りにコンビニってある?」
「え、えっと……少し歩くけどありますよ?」
「じゃ、ちょっと付き合って」
「え!? わっ……ど、どうしたんですかっ」
立ち上がった雅美は涼の返事を聞かずに手を取って歩き出した。突然のことで驚いて声にならないまま、たたらを踏みながらリビングを後にする。
「急にどうしたんだろうな……雅美」
「さぁ? 僕たちに気を使ってくれたんじゃないの?」
「まさか……」
リビングでそんな会話がなされて、クスクスと笑う優斗は儀式のようにお帰りなさいの濃厚なキスを薫と交わしていた。
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